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巻第19(索引)万葉集(掲載歌の索引)古典に親しむ

『万葉集』巻第19-4159~4162

訓読

4159
礒(いそ)の上(うへ)の都万麻(つまま)を見れば根を延(は)へて年深からし神(かむ)さびにけり

4160
天地(あめつち)の 遠き初めよ 世の中は 常なきものと 語り継ぎ 流らへ来(き)たれ 天(あま)の原 振り放(さ)け見れば 照る月も 満ち欠けしけり あしひきの 山の木末(こぬれ)も 春されば 花咲きにほひ 秋づけば 露霜(つゆしも)負(お)ひて 風(かぜ)交(ま)じり 黄葉(もみち)散りけり うつせみも かくのみならし 紅(くれなゐ)の 色もうつろひ ぬばたまの 黒髪(くろかみ)変はり 朝の笑(ゑ)み 夕(ゆふへ)変はらひ 吹く風の 見えぬがごとく 行く水の 止まらぬごとく 常もなく うつろふ見れば 庭(には)たづみ 流るる涙(なみだ) 留(とど)めかねつも
4161
言(こと)とはぬ木すら春咲き秋づけばもみち散らくは常(つね)を無(な)みこそ [一云 常無けむとぞ]
4162
うつせみの常(つね)なき見れば世の中に心つけずて思ふ日ぞ多き [一云 嘆く日ぞ多き]

意味

〈4159〉
 磯の上に立つ都万麻の木を見ると、根を長く延ばし、何年も年を重ねているらしい。神々しいまでに古びている。

〈4160〉
 天地開闢の遥か遠い時代の始めから、世の中は無常なものだと語り継ぎ、言い伝え続けてきているので、天を仰いで見ると、照る月も満ちたり欠けたりしている。山の木々の梢も、春が来れば花は咲き匂うものの、秋になれば冷たい露を帯び、風に交じって黄葉が散る。この世の人も、やはりこのようでしかないらしい。若い時の紅の頬も色褪せ、黒々とした髪も白く変わり、朝の笑顔も夕方には消え失せる。吹く風が目に見えないように、流れる水が止まらないように、常というものがなく変わり続けていくのを見ると、溢れ出てくる涙も留めようがない。
〈4161〉
 物を言わない木でさえ、春には花が咲き、秋には黄葉となって散るのは、世の中が無常のゆえである。(無常ということなのだ)
〈4162〉
 この世の人の無常なさまを見ていると、世事に心を惑わされずにいたいが、とらわれて物思う日の多いことだ。(嘆く日の多いことだ)

鑑賞

 大伴家持の歌。冒頭に「季春(晩春)三月九日に、出挙(すいこ)の政(まつりごと)にあたり、古江(ふるえ)の村に行こうとする道の上で、美しい風物を眺めたときの歌と、感興のうちに作った歌」という旨の詞書があり、4159から4165までの歌の総題となっています。「出挙」は、春、公の稲を農民に貸し付け、秋の収穫後に利息をつけて返済させること。国家の重要な財源として制度化されたもので、家持は国守としてその実状視察のため、部内を巡行することとなっていました。「古江の村」は、氷見市南部にあった村。家持は2年前の天平20年春に出挙のため国内全域を巡行しましたが、このたび古江の村を目指して行くのは、この地に何らかの問題が出来したのでしょう。

 
4159は、国府から渋谿(しぶたに)の崎を過ぎ、磯の巌の上の樹を見てのもので、「渋谿」は、高岡市渋谷。「都万麻」は、クスノキ科のタブノキ、地方によってはタモノキとも。暖地性の常緑高木で、高さは約20m、幹の太さは約1mで、老木になると根が盛り上がり、いかにも年古りて神厳さを覚えさせる大樹になるといいます。「根を延へて」は、根を長く延ばし。「年深からし」の「年深し」は、年久しいの意。「らし」は、根拠に基づく推量の助動詞。「神さびにけり」は、古びて神々しくなったことだ。「けり」は、詠嘆。家持は道中に見た、渋谿崎の岩の上に生える根を露出した大樹に驚き、何より、これまで耳にしたことのない「つまま」の名に異郷の風土を感じたのでしょう。越中での珍しい風景をこのように積極的に歌うようになりました。『万葉集』でタブノキを詠んだ歌は、この1首のみです。

 4160~4162は、題詞に「世の中の無常を悲しぶる」とある歌。
4160の「天地の遠き初めよ」の「よ」は起点を表すヨリ、カラの意で、天地開闢の遥か遠い時代の始めから。「流らへ来たれ」は、伝わってきたもので、の意。「あしひきの」は「山」の枕詞。「木末」は、梢。「春されば」は、春になると。「露霜」は、露が凍って霜のようになったもの。「負ひて」は、かぶって。「うつせみ」は、この世(の人)。「うつろひ」は、色褪せて。「かくのみならし」は、このようでしかないらしい。「紅の色も」は、紅の頬の色も。「ぬばたまの」は「黒」の枕詞。「朝の笑み夕変はらひ」は、朝の喜びは夕方には消え失せつつ。「庭たづみ」は、庭に溜まった雨水が流れ出す意で「流る」にかかる枕詞。「留めかねつも」は、留めようがない。「も」は、感動の助詞。

 
4161の「言問はぬ」は、ものを言わぬ。「散らく」は「散る」のク語法で名詞形。「常を無みこそ」の「無み」は「無し」のミ語法で、常というものが無いからなのだ。「こそ」は係助詞で、下に「あれ」が省略されている形。4162の「世間に心つけずて」は、無常の世に惑わされずにいたいが。「思ふ日ぞ多き」は、とらわれて物を思う日の多いことだ。

 何がきっかけで歌ったものかは分かりませんが、人の生の無常を歌って、人の死を悼む「挽歌」になっています。具体的に誰かに捧げるという歌ではなく、自分の心の興によって作ったものです。4159の詞書にあった、出挙の政のための巡行途で詠んだうちの「興の中に作る歌」は4160以下6首を指しますが、
武田祐吉は、「これらは、机上の作で、古い歌集を繙きながら詠んだようであって、旅中に興を起して作ったというにふさわない。疑問の存する所である」と述べています。
 

春の出挙

 春に公の稲を貸し出し、秋冬に収穫の中から5割の利息をつけて返済させる制度のことです。農業推進と貧農救済のためであるとともに、諸国府の有力な財源でもありました。もっとも、家持の時代には、租税の一部として強制的に割り当てられるようになっており、農民の負担は大きかったようです。また、国が貸し付ける公出挙(くすいこ)と、私人が貸し付ける私出挙(しすいこ)とがありました。公出挙について、その割り当てが適正に行われているか、その状況を知ることは国守の重要な務めでした。

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古典に親しむ

万葉集・竹取物語・枕草子などの原文と現代語訳。