| 訓読 |
4185
うつせみは 恋を繁(しげ)みと 春まけて 思ひ繁けば 引き攀(よ)ぢて 折りも折らずも 見るごとに 心(こころ)和(な)ぎむと 繁山(しげやま)の 谷辺(たにへ)に生(お)ふる 山吹(やまぶき)を やどに引き植ゑて 朝露(あさつゆ)に にほへる花を 見るごとに 思ひは止(や)まず 恋し繁しも
4186
山吹(やまぶき)を宿に植ゑては見るごとに思ひはやまず恋こそまされ
| 意味 |
〈4185〉
この世の人は、とかく人恋しくなるもので、春ともなると物思いが多くなり、枝を掴んで引き寄せて折ろうと折るまいと、見るたびに心がなごむだろうと思って、木々が茂る山の谷のあたりに生える山吹を、家の庭に植え換え、朝露にぬれて美しく咲く山吹を見るたび、切ない思いは止まず、人恋しさがつのるばかりだ。
〈4186〉
山吹を庭に植えはしたものの、その花を目にするたびに切ない思いは止まず、かえって人恋しさがつのるばかりだ。
| 鑑賞 |
大伴家持の「山吹の花を詠む」歌。ここの歌には日付がないので、前歌(4184)の妹から贈られてきた同じ日の4月5日に作られたとされます。4185の「うつせみ」は、この世の人。「恋を繁みと」は、「〜を〜み」の形をしたミ語法で、恋(という原因・理由)がしきりに募るので、という意味。「春まけて」は、春を待ち受けて。「思ひ繁けば」は、物思いが次から次へと生い茂るように募ったので。「引き攀ぢて」は、掴んで引き寄せて。「折りも折らずも」は、枝を折って手にとって眺めるにせよ、折らずにそのまま眺めるにせよ。「見るごとに」の原文「毎見」で、ミムゴトニと訓み、「これからも見るであろう、そのたびごとに」のように解するものもあります。「心和ぎむと」は、心が穏やかになるだろうと思って。「繁山」は、木々が青々と生い茂る山。「やど」は、家の敷地、庭先。「にほへる花」の「にほふ」は、香りがすることではなく、色彩が鮮やかに美しく映える、美しく輝く、という意味。「思ひは止まず恋し繁しも」は、物思いは一向に収まらず、恋しさがますます激しく生い茂る(募る)ことだ。
4186の「植ゑては」は、植えはしたものの、の意。「恋こそまされ」の「こそ」は強意の係助詞で、結びの動詞「まさる」(いっそう激しくなる意)」が已然形の「まされ」となっています。気休めになるどころか、恋しさが激しくなるばかりだ、という、やり場のない感情の爆発を強調しています。
妹が詠んだ山吹の歌に触発されて詠んだものと見えます。山吹の花を歌ったものは集中16例あり、とくに家持およびその周辺に多くあります。

ヤマブキ(山吹)
バラ科ヤマブキ属の落葉低木。ヤマブキの語源は、古くは「山振(やまぶり)」と書かれ、これが転訛したものとされます。その由来は、細くしなやかな枝が、風に振られて揺れ動く姿にちなむといわれます。日本では北海道南部、本州、四国、九州に分布、山野でふつうに見られ、春の終わりごろにかけて黄金色に近い黄色の花をつけます。そのため「日本の春は梅に始まり、山吹で終わる」といわれることがあります。『万葉集』にもたびたび登場し、 万葉人は、 ヤマブキの花を、生命の泉のほとりに咲く永遠の命を象徴する花と見ていました。ヤマブキの花の色は黄泉の国の色ともされます。
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