| 訓読 |
4207
ここにして そがひに見ゆる 我(わ)が背子(せこ)が 垣内(かきつ)の谷に 明けされば 榛(はり)のさ枝に 夕されば 藤の繁(しげ)みに はろはろに 鳴く霍公鳥 我が宿の 植木橘(うゑきたちばな) 花に散る 時をまだしみ 来鳴かなく そこは恨みず しかれども 谷(たに)片付(かたづ)きて 家(いへ)居(ゐ)せる 君が聞きつつ 告げなくも憂(う)し
4208
我(わ)がここだ待てど来鳴かぬ霍公鳥(ほととぎす)ひとり聞きつつ告げぬ君かも
4209
谷近く 家は居(を)れども 木高(こだか)くて 里はあれども 霍公鳥(ほととぎす) いまだ来鳴かず 鳴く声を 聞かまく欲(ほ)りと 朝(あした)には 門(かど)に出(い)で立ち 夕(ゆふへ)には 谷を見渡し 恋ふれども 一声(ひとこゑ)だにも いまだ聞こえず
4210
藤波(ふぢなみ)の茂(しげ)りは過ぎぬあしひきの山霍公鳥(やまほととぎす)などか来鳴かぬ
| 意味 |
〈4207〉
ここからだと後ろの方に見える、あなたの邸内の谷には、夜が明ければ榛の木の枝で、夕方になると藤の花の茂みで、遙かに鳴くホトトギス。そのホトトギスが、我が家の庭の植木の橘は、花が咲いてまだ散る時期にならないので、来て鳴かない。そのことは恨みに思わないけれど、その谷の近くに家を構えてお住まいのあなたが、ホトトギスの声を聞いていながら、私に告げてくれないのは辛い。
〈4208〉
私がこんなに待っているのに、来て鳴かないホトトギス。その声をひとりで聞きながらも私に告げてもくれないあなたなのですね。
〈4209〉
谷の近くにわが家を構えてはいますが、木々が高く、里中ではありますが、ホトトギスはまだ来て鳴きません。鳴き声を聞きたいと思って、朝は門に出て立ち、夕方には谷を見渡して、ひたすらに待ち焦がれていますが、一声さえもまだ聞こえません。
〈4210〉
藤の花の盛りは過ぎてしまった。なのに山ホトトギスよ、どうしてここへ来て鳴いてくれないのか。
| 鑑賞 |
4207・4208は、大伴家持の歌。題詞に「二十二日、判官久米朝臣広繩(くめのあそみひろつな)に贈れる霍公鳥(ほととぎす)を怨恨(うら)むる歌」とあり、ホトトギスに対する強い憧れから、その声を独り占めにしている広縄を恨んで風流にことよせてみた歌です。「二十二日」は、4月22日で、太陽暦の6月4日にあたります。広縄の館は前任者の大伴池主の館を使用して居住していたらしく、そこは高岡市の大塚台地にあり、その上空はホトトギスの飛来経路にあたっていたと言われます。実際、広縄の館で開かれた宴での歌(4052~4055、4066~4069)の殆どにホトトギスが詠まれています。
4207の「ここにして」の「ここ」は、家持の館のこと。「にして」は、にあって。家持は、国庁内の、現在の勝興寺付近の館にいたとされます。「そがひに見ゆる」は、後方に見える。「我が背子」は、広縄を親しんで呼んだ語。「垣内の谷に」は、ホトトギスが鳴く谷に近いのでこう言ったもの。「榛」は、山野に自生するハンノキ。「はろはろに」は、遥かに。「我が宿の植木橘」は、我が家の庭の植木にしてある橘。「花に散る」は、花の散る、に同じ。「時をまだしみ」の「まだしみ」は、形容詞「まだし」のミ語法で、まだ早いので。「谷片付きて」は、一方が谷に寄って。「家居せる」は、家を構えて住むこと。「告げなくも憂し」とあるのは、四季の風物を見聞きしたことを人に告げやることは、当時の貴族たちの風流、文雅の習いだったことが背景にあります。
4208の「ここだ」は、こんなにも甚だしく。この歌の結句でも文雅を共有しえない広縄を恨んでいることを強調しており、ホトトギスに対しては「来鳴かなくそこは恨みず」(長歌)と言っているものの、やはり双方への恨みが交錯しているものとされます。
4209・4210は、掾(じよう)久米朝臣広縄(くめのあそみひろつな)の歌。題詞に「霍公鳥(ほととぎす)を詠む歌」とあり、家持が贈ってきた4207・4208に答えたものです。4209の「家は居れども」は、家は構えているけれども。「里は」は、住んでいる地は、の意。「聞かまく欲りと」の「聞かまく」は「聞かむ」のク語法で名詞形。家持の歌が、鳴かないホトトギスと、文雅を共有しえない広縄への恨みを込めているのに対し、広縄は、もっぱらホトトギスのことのみ言っています。
この歌について、窪田空穂は次のように言っています。「家持の怨みに対して弁明しているだけで、それ以上は一歩も出ていないものである。広繩は上の布勢の水海の場合には、暢びやかな短歌を詠んでいる人なのに、それに較べると甚しく詠み難くしている趣がある。長歌を贈られたのであるから、同じく長歌をもって答えなければならないとしたが、その形式を扱い難くしたのかと思われる。この時代は長歌が復興していたかのごとくみえるが、作者は少数の人に限られており、誰にでも詠めるものではなかったとみえる。起首から対句を用いて一段とし、また対句を重ねて、前段を繰り返して結んだのは、不馴れな、拙いものというほかはない」。
4210の「藤波の茂り」は、藤の花の満開のさま。「などか」は、どうして、なぜ。ホトトギスを詰問することで、長歌の末2句を強調しているもので、「長歌に較べると、著しく冴えている」と、窪田空穂は言っています。

越中ゆかりの人たち
家持の部下
介(すけ:国庁の次官)
・内蔵伊美吉縄麻呂(くらのいみきなわまろ)
掾(じょう:国庁の三等官)
・大伴池主(おおとものいけぬし) 家持の同族
・久米広縄(くめのひろなわ/ひろつな) 池主の後任
大目(だいさかん:国庁の四等官)
・秦八千島(はだのやちしま)
・高安種麻呂(たかやすのたねまろ) 八千島の後任
少目(しょうさかん:国庁の四等官)
・秦伊美吉石竹(はだのいみきいわたけ)
史生(ししょう:下級の書記官)
・尾張少咋(おわりのおくい) 遊行女夫婦の左夫流と浮気
・土師道良 (はにしのみちよし)
都の人
・田辺福麻呂(たなべのさきまろ) 橘諸兄の使者として来訪
・平栄(へいえい) 東大寺の僧。占墾地使として来訪
遊行女婦
・土師(はにし) 福麻呂接待のための布勢の水海の遊覧に同行
・蒲生娘子(がもうのおとめ) 縄麻呂の館で開かれた雪の宴に同席
・左夫流(さぶる) 尾張少咋の浮気相手
【PR】
|
古典に親しむ
万葉集・竹取物語・枕草子などの原文と現代語訳。 |