| 訓読 |
4236
天地(あめつち)の 神はなかれや 愛(うつく)しき 我(わ)が妻(つま)離(さか)る 光る神 鳴りはた娘子(をとめ) 携(たずさ)はり 共にあらむと 思ひしに 心 違(たが)ひぬ 言はむすべ 為(せ)むすべ知らに 木綿(ゆふ)だすき 肩に取り掛け 倭文幣(しつぬさ)を 手に取り持ちて な放(さ)けそと 我(わ)れは祈れど まきて寝し 妹(いも)が手本(たもと)は 雲にたなびく
4237
うつつにと思ひてしかも夢(いめ)のみに手本(たもと)巻き寝(ぬ)と見ればすべなし
4238
君が行きもし久(ひさ)にあらば梅柳(うめやなぎ)誰(た)れとともにか我(わ)がかづらかむ
4239
二上(ふたがみ)の峰(を)の上(うへ)の茂(しげ)に隠(こも)りにしその霍公鳥(ほととぎす)待てど来(き)鳴かず
| 意味 |
〈4236〉
天にも地にも神はいないのだろうか。愛しい我が妻は遠くへ去ってしまった。光る神が鳴りはためく、その波多娘子と手を携えて共に暮らしていこうと思っていたのに、思いははずれてしまった。どう言ったらよいか、どうしたらよいのか術も分からないまま、木綿のたすきを肩に取り結び、倭文織りの幣を手に捧げ持って、私たち二人を引き離さないで下さいと一心に祈る。けれども、手枕を交わして寝たあの子の腕は、今は雲になってたなびいている。
〈4237〉
現実に共寝していると思いたい。夢の中だけで手枕を交わすのは、何ともやりきれない。
〈4238〉
あなたの旅が長くなったら、春の梅や柳を、私は誰と一緒にそれらを縵(かずら)にして楽しんだらいいのだろう。
〈4239〉
二上の峰のあたりの茂みにこもってしまったホトトギスは、いくら待っても里に来て鳴いてくれない。
| 鑑賞 |
4236・4237は、4230以降の、天平勝宝3年正月3日の内蔵忌寸縄麻呂(くらのいみきつなまろ)の館における集宴歌の続きで、作者未詳の「死にし妻を悲傷(かな)しぶる歌」を蒲生娘子(かまふのをとめ)が伝誦したもの。正月の宴席には不似合いな歌のようでありますが、前歌の久米広繩の伝誦歌(4235)に、「天雲をほろに踏みあだし鳴る神も」とあるのに刺激され、「光る神鳴りはた娘子」と類似の句のあるこの歌を思い出して誦したのだろうとされます。
4236の「神はなかれや」の「なかれや」は、無いはずはないのに、の意。「我が妻離る」の「離る」は、自分のもとを離れて行く意で、ここは死んでいくこと。「光る神鳴りはた娘子」の「光る神」は、雷。「光る神鳴り」は、鳴り響く意の「鳴りはためく」を起こし、「はた娘子」を導く序詞。「はた娘」の「はた」は未詳ながら、氏の名あるいは地名とする説もあります。「心違ひぬ」は、予期に反して死んだ意。「木綿だすき肩に取り掛け倭文幣を手に取り持ちて」は、神に祈る時の礼装。「倭文」は、織物の名。「な放けそ」の「な~そ」は、懇願的な禁止。「まきて寝し」の「まく」は、枕にする意。「手本」は、手首。4237の「うつつ」は、現実。「思ひてしかも」の「てしか」は、願望、「も」は、詠嘆。
4238・4239は、大伴家持の歌。4238は、天平勝宝3年(751年)2月2日、正税帳使として近く上京する掾(じょう)の久米広縄を送別するため、家持の館で宴を開いた時の歌。2月2日は、太陽暦の3月7日。「正税帳」は、租税の出納を記載した帳簿。毎年、前年度の報告として、2月末までに諸国から太政官に提出することが義務づけられていました。「君が行き」の「君」は、広縄のこと。「行き」は名詞で、旅行の意。「久にあらば」は、長びいたら、久しく帰ってこられないならば。左注には「越中の風土に梅花柳絮三月に初めて咲くのみ」との記載があり、歌の意味を明らかにするため、春の遅い越中の風土にあって梅と柳は3月に初めて咲くことを伝えています。正税帳使は、国庁における重要な使いの派遣ではありましたが、家持にとって、大伴池主が転出した後は、下僚の中で広縄が家持の最も親しくした人であったとみえます。
4239は、4月16日に作った「霍公鳥を詠む」歌。4月16日は、太陽暦の5月19日。「二上」は、高岡市と氷見市の境をなす山。「茂」は、茂った所。家持は越中国に赴任してすでに6年目を迎えようとしていました。「霍公鳥待てど来鳴かず」の句には、あるいは京からの人事の知らせを待ち望む気持ちが込められているのでしょうか。

越中ゆかりの人たち
家持の部下
介(すけ:国庁の次官)
・内蔵伊美吉縄麻呂(くらのいみきなわまろ)
掾(じょう:国庁の三等官)
・大伴池主(おおとものいけぬし) 家持の同族
・久米広縄(くめのひろなわ/ひろつな) 池主の後任
大目(だいさかん:国庁の四等官)
・秦八千島(はだのやちしま)
・高安種麻呂(たかやすのたねまろ) 八千島の後任
少目(しょうさかん:国庁の四等官)
・秦伊美吉石竹(はだのいみきいわたけ)
史生(ししょう:下級の書記官)
・尾張少咋(おわりのおくい) 遊行女夫婦の左夫流と浮気
・土師道良 (はにしのみちよし)
都の人
・田辺福麻呂(たなべのさきまろ) 橘諸兄の使者として来訪
・平栄(へいえい) 東大寺の僧。占墾地使として来訪
遊行女婦
・土師(はにし) 福麻呂接待のための布勢の水海の遊覧に同行
・蒲生娘子(がもうのおとめ) 縄麻呂の館で開かれた雪の宴に同席
・左夫流(さぶる) 尾張少咋の浮気相手
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