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巻第20(索引)万葉集(掲載歌の索引)古典に親しむ

『万葉集』巻第20-4343~4345

訓読

4343
我(わ)ろ旅は旅と思(おめ)ほど家(いひ)にして子 持(め)ち痩(や)すらむ我(わ)が妻(み)愛(かな)しも
4344
忘らむて野行き山行き我(わ)れ来れど我(わ)が父母(ちちはは)は忘れせぬかも
4345
我妹子(わぎめこ)と二人我(わ)が見しうち寄(え)する駿河(するが)の嶺(ね)らは恋(くふ)しくめあるか

意味

〈4343〉
 自分は、どうせ旅は旅だと割り切ればよいが、家で子供を抱えてやつれているだろう妻が愛しくてならない。
〈4344〉
 忘れよう、忘れようと思って、野を行き山を行きやってきたが、わが父母のことは忘れることなどできない。
〈4345〉
 いとしい妻と二人で眺めた 波のうち寄せる駿河の国の、あの山の頂きがとても恋しい。

鑑賞

 駿河国(静岡県の中部・東部)の防人の歌。作者は、4343が玉作部広目(たまつくりべのひろめ)、4344が商長首麻呂(あきのおさのおびとまろ)、4345が春日部麻呂(かすがべのまろ)。4343の「我ろ」の「ろ」は接尾語で、「私」の東国方言。「思(おめ)ほど」は、オモヘドの訛りで、思うけれども。「家にして」のイヒはイヘの訛りで、家にあって。「子持ち痩すらむ」のメチはモチの訛り。「痩すらむ」は、痩せているだろう。夫が不在の中、一人で家を守り、農作業と育児をこなす妻の心労を推し量っています。「妻(み)」は、メの訛り。「愛しも」は、愛おしい、切ない。『万葉集』の「かなし」は、単なる悲しみではなく、対象を壊したいほど愛おしく思う、深い愛情を指します。防人という制度が、当時の民衆に強いた残酷な現実が凝縮されているような歌です。

 
窪田空穂は、「こうした別れの際、自身のことはいわずに、相手のほうを主として物をいうのは、上代では儀礼となっていたのであるが、これは儀礼を超えた、真実の心の溢れ出たものである。若くして老熟したあわれのある歌である」と述べています。また、日本史学者の北山茂夫は、「『かなしも』にこめられた妻をいとおしむ愛情は深くして真実にみちている。農民玉作部広目を、この一首のみで、記憶されるべき万葉作者に数えたいと思うのは、わたくし一人であろうか」と賞賛しており、作家の田辺聖子も、「美しい言葉はここにはない。日常語が何の技巧もなく並べられているだけである。しかし男のやさしさが匂うようにたちのぼって珠玉のような美しい歌になっている」と評しています。

 
4344の「忘らむて」は、忘ラムトの訛りで、忘れようと思って。駿河国では「о」を「e」とする訛りが多くありました。「野行き山行き」は、野を越え、山を越え。延々と続く旅の過酷さと、物理的な距離が離れていく様子をリズミカルに表現しています。「我れ来れど」は、私はやって来たけれど。「忘れせぬ」は、忘れられぬ。「かも」は、詠嘆。遠く離れて記憶が薄れるのではなく、一歩一歩進むごとに、別れ際の父母の姿が鮮明に蘇ってくる。景色は変わっても、心の中の父母は動かないという対比が、読者の涙を誘います。先の太平洋戦争の時、若い出征兵士らの共感を呼び、特に愛唱された歌だといい、窪田空穂は、「溜め息をそのまま詠み上げたような純情な歌」と評しています。

 
4345の「我妹子(わぎめこ)は、ワギメコの訛り。「二人我が見し」は、二人で一緒に見た。「うち寄(え)する」の「えす」は、ヨスの訛りで、波が打ち寄せる意、あるいはスルの同音反復で「駿河」にかかる枕詞。「駿河の嶺ら」は、富士山とそれを取り巻く愛鷹山などの山々を指します。「ら」は、接尾語。「恋(くふ)しくめあるか」は、コホシクモアルカの訛り。恋しく思われることだなあ、の意。この歌では、単に富士山が恋しいのではなく、妻と一緒に眺めた富士山が恋しいと言っています。一人で旅路にある今、その山を見つめることは、隣にいない妻の存在を逆説的に強く意識することに他なりません。
 

巻第20「防人歌」の構成

 兵部少輔の大伴家持に上進された防人たちの歌は、全部で166首ありましたが、「拙劣歌は取り載せず」として82首が省かれました。巻第20の防人歌の構成と国別内訳は下記のとおりです。

  • 遠江国の防人の歌
    4321~4327・・・進上18首のうち7首
  • 相模国の防人の歌
    4328~4330・・・進上8首のうち3首
  • 大伴家持の歌
    4331~4336
  • 駿河国の防人の歌
     4337~4346・・・進上20首のうち10首
  • 上総国の防人の歌
     4347~4359・・・進上19首のうち13首
  • 常陸国の防人の歌
     4363~4372・・・進上17首のうち10首
  • 下野国の防人の歌
     4373~4383・・・進上18首のうち11首
  • 下総国の防人の歌
     4384~4394・・・進上22首のうち11首
  • 大伴家持の歌
     4398~4400
  • 信濃国の防人の歌
     4401~4403・・・進上12首のうち3首
  • 上野国の防人の歌
     4404~4407・・・進上12首のうち4首
  • 大伴家持の歌
     4408~4412
  • 武蔵国の防人の歌
     4413~4424・・・進上20首のうち12首
  • 昔年の防人の歌
     4425~4432
  • 昔年に交替した防人の歌
     4436

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