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巻第20(索引)万葉集(掲載歌の索引)古典に親しむ

『万葉集』巻第20-4417~4420

訓読

4417
赤駒(あかごま)を山野(やまの)に放(はか)し捕(と)りかにて多摩(たま)の横山(よこやま)徒歩(かし)ゆか遣(や)らむ
4418
我が門(かど)の片山椿(かたやまつばき)まこと汝(な)れ我が手触れなな土に落ちもかも
4419
家(いは)ろには葦火(あしふ)焚(た)けども住みよけを筑紫(つくし)に至りて恋しけ思はも
4420
草枕(くさまくら)旅の丸寝(まるね)の紐(ひも)絶えば我(あ)が手と付けろこれの針(はる)持(も)し

意味

〈4417〉
 赤駒を山野に放ってしまって捕えかね、夫に多摩の山並みを歩いて行かせることになるのかしら。
〈4418〉
 わが家の門の傍らに咲く椿の花よ。まことお前は私が手を触れない間に、地面に落ちてしまうのだろうか。
〈4419〉
 わが家では葦火を焚いて暖を取る貧しい暮らしだが、それでも住みよい生活だった。遠い筑紫に行ったら、家が恋しく思われてならないだろう。
〈4420〉
 草を枕にする旅のごろ寝で着物の紐が切れたなら、私の手が縫うと思ってこの針で付けて下さい。

鑑賞

 武蔵国(埼玉県全域、東京都全域、および神奈川県の川崎市と横浜市の一部)の防人の歌。作者は4417が、豊嶋郡(としまのこほり)の椋椅部荒虫(くらはしべのあらむし)の妻、宇遅部黒女(うぢべのくろめ)。「豊島郡」は、東京都豊島区、文京区、荒川区、北区、板橋区などの地域。4418が荏原郡(えばらのこおり)の上丁、物部広足(もののべのひろたり)。「荏原郡」は、東京都品川区、目黒区、大田区、世田谷区などの地域。4419が橘樹郡の物部真根(もののべのまね)、4420はその妻、椋椅部弟女(くらはしべのおとめ)。「橘樹郡」は、神奈川県川崎市と横浜市の一部。

 
4417の「赤駒」は、栗毛色(茶褐色)の毛色の馬。「放(はか)し」は、放チの訛り。「捕りかにて」の「かにて」は、カネテの訛り。捕らえかねて。「多摩の横山」は、東京都府中市の南に連なる丘陵。「徒歩(かし)ゆか」の「徒歩」は、カチの訛り。「ゆ」は、~より、で、ここは手段・方便を示します。「か」は疑問・反語の係助詞。「遣らむ」は「か」の係り結びで、連体形。折柄、放牧の季節でもあったのか、まさか夫が防人に徴発されるとは思ってもいなかったので、黒女は飼い馬を野に放した。ところが、令状が来た。馬はなかなか捕まらない。「多摩の横山」は、故郷の景色であると同時に、これから始まる長い旅路の最初の障壁です。その険しい道を、重い荷物を背負い、自分の足で歩いていく夫の後ろ姿を想像し、馬なしの徒歩で行かせなければならないのかと、自分を責め、嘆いています。武蔵国からの行程は、上り29日と定められていました。

 この歌からは、作者の家が馬を飼えるほどの暮らしぶりであったことが窺えます。当時、馬は非常に貴重な移動手段であり、富や力、あるいは旅の安全の象徴でもありました。防人に徴発されたのは、食うや食わずの貧窮の農民というよりは、なるべく生活にゆとりのある層が選抜されたとみられます。これは農村の崩壊を避けるためで、最近の研究では、かなりの部分は豪族層だっただろうといわれるようになっています。それら防人には、家人・奴婢(使用人)・牛馬を連れて行くことが許されていました。ただ、実際に家人や奴婢を連れて行く防人がいたのかどうか、防人の歌では分かりません。

 
4418の「片山椿」の「片山」は山の傾斜地で、その場所に生えている椿のことですが、ここでは夫婦の片一方を残していくことの比喩。「我が手触れなな」の「なな」は、~しないで、~しないまま、の意の東国語法。私が手を触れないまま。「地に落ちもかも」の「落ちも」は、落チムの訛り。地に落ちるであろうかなあ。ここは留守中に周囲の若い男子のものとなりはしないだろうかとの、心配の譬喩。他にも妻の貞操のことを案じる歌がありますが、若い防人にはとりわけこのような心患いがあったようです。窪田空穂は、「隠喩仕立てにしているのは、若い防人の歌としてはふさわしくないまでの技巧であるが、女との関係がら、また場合がら、気分が複雑しているので、隠喩にするよりはかなかったものと思われる。すぐれた歌である」と評しています。

 
4419の「家(いは)」は、イヘの訛り。「ろ」は、親愛の接尾語で、東北方言的な形。「葦火(あしふ)」は、アシヒの訛り。葦を燃料として焚く火で、侘しい生活の意で言っています。葦は燃やすと煙が多く、決して快適な燃料ではありません。山から遠い武蔵の沼沢地などでは屋内で葦を焚き、その煙が煤となり、一家中皆が目の縁だけ白い有様だったろうと言われます。「住みよけを」の「よけ」は、ヨキの訛り。住み心地が良かったのになあ。「恋しけ思はも」の「恋しけ」は、恋シクの訛り。「思はも」は、思ハムの訛りで、恋しく思われることよ。

 
4420の「草枕」は、草を枕に寝る意で「旅」に掛かる枕詞。「丸寝」は、帯も解かず衣服を着たまま寝ること。出立する夫は、明日から男手ひとつで身のまわりのことをしなくてはならない。その身を案じつつ、夫の衣の紐を固く結び、針と糸を夫の荷の中に入れます。そして、「紐が切れたら、自分の手で縫い付けるのよ」と言い聞かせます。その心の奥底にあるのは、「決して、浮気をしないでね」ということでもあります。「我が手と」は、私の手だと思って。「これの」は「この」と同じながら、指示する気持ちの強いもの。「針(はる)」は、ハリの訛り。「持し」は、モチの訛り。

 出発が迫った夜、粗末な家の土間にしつらえたかまどの火を囲んでの若い夫婦の姿が目に見えるようです。夫の、住み慣れた家への思い、そして家同様、すすけて世帯やつれした妻への尽きせぬ愛情。弟女の、歌ともいえないような方言まるだしの歌には、形式のととのった都の女流歌人の、生活から遊離した恋や愛の歌のどれからも感じとることのできない、ひたぶるで切ない愛が息づいています。また
窪田空穂は、「上の防人に似合った妻で、落ちついた、行き届いた人が思われる」と言っています。
 

枕詞あれこれ

  • 高砂の
    「松」「尾上(をのへ)」に掛かる枕詞。高砂(兵庫県)の地が尾上神社の松で有名なところから。同音の「待つ」にも掛かる。
  • 玉櫛笥(たまくしげ)
    玉櫛笥の「玉」は接頭語で、「櫛笥」は櫛などの化粧道具を入れる箱。櫛笥を開けるところから「あく」に、櫛笥には蓋があるところから「二(ふた)」「二上山」に、身があるところから「三諸(みもろ)」などに掛かる枕詞。
  • 玉梓(たまづさ)の
    「使ひ」に掛かる枕詞。古く便りを伝える使者は、梓(あずさ)の枝を持ち、これに手紙を結びつけて運んでいたことから。また、妹のもとへやる意味から「妹」にも掛かる。
  • 玉鉾(たまほこ)の
    「道」「里」に掛かる枕詞。「玉桙」は立派な桙の意ながら、掛かる理由は未詳。
  • たらちねの
    「母」に掛かる枕詞。語義、掛かる理由未詳。
  • ちはやぶる
    「ちはやぶる」は荒々しい、たけだけしい意。荒々しい「氏」ということから、地名の「宇治」に、また荒々しい神ということから「神」および「神」を含む語や神の名に掛かる枕詞。
  • 夏麻(なつそ)引く
    「夏麻」は、夏に畑から引き抜く麻で、夏麻は「績(う)む」ものであるところから、同音で「海上(うなかみ)」「宇奈比(うなひ)」などの「う」に掛かる枕詞。また、夏麻から糸をつむぐので、同音の「命(いのち)」の「い」に掛かる。
  • 久方(ひさかた)の
    天空に関係のある「天(あま・あめ)」「雨」「空」「月」「日」「昼」「雲」「光」などにかかる枕詞。語義、掛かる理由は未詳。
  • もののふの
    もののふ(文武の官)の氏(うぢ)の数が多いところから「八十(やそ)」「五十(い)」にかかり、それと同音を含む「矢」「岩(石)瀬」などにかかる。また、「氏(うぢ)」「宇治(うぢ)」にもかかる。
  • 百敷(ももしき)の
     「大宮」に掛かる枕詞。「ももしき」は「ももいしき(百石木」が変化した語で、多くの石や木で造ってあるの意から。
  • 八雲(やくも)立つ
     地名の「出雲」にかかる枕詞。多くの雲が立ちのぼる意。
  • 若草の
     若草がみずみずしいところから、「妻」「夫(つま)」「妹(いも)」「新(にひ)」などに掛かる枕詞。

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