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巻第20(索引)万葉集(掲載歌の索引)古典に親しむ

『万葉集』巻第20-4425~4428

訓読

4425
防人に行くは誰(た)が背(せ)と問ふ人を見るが羨(とも)しさ物思(ものも)ひもせず
4426
天地(あめつし)の神に幣(ぬさ)置き斎(いは)ひつついませ我(わ)が背(せ)な我(あ)れをし思はば
4427
家(いは)の妹(いも)ろ我を偲ふらし真結(まゆす)ひに結(ゆす)ひし紐(ひも)の解くらく思へば
4428
我が背(せ)なを筑紫(つくし)は遣(や)りて愛(うつくし)しみ帯(えひ)は解かななあやにかも寝(ね)む

意味

〈4425〉
 防人に行くのはどなたのご主人と、問いかけている人を見ると羨ましい。何の物思いもしないで。
〈4426〉
 天地の神々にお供え物をして、どうか心身を清めて無事でいてください、あなた。私のことを思って下さるならば。
〈4427〉
 家にいる妻は私のことをしきりに偲んでいるらしい、しっかり結んだ着物の紐が解けてくるのを思うと。
〈4428〉
 うちの人を筑紫へ遣って、いとしいので、帯を解かずに悩ましく寝ることになるのでしょうか。

鑑賞

 題詞に「昔年の防人の歌」とある8首のうちの前半4首で、つまり天平勝宝7年に家持が収集したものより以前に作られていた防人歌です。防人が歌を奉ることは過去にもあり、この歌を含む8首(4425~4432)が、磐余伊美吉諸君(いわれのいみきもろきみ)という官人によって写され、家持に贈られています。磐余伊美吉諸君の経歴などは分からず、この時の官位は主典刑部小録正七位上だったことが分かるだけです。贈られた8首はすべて無記名です。

 防人に指名され、国庁に集まった防人とその家族は、そこで防人編成の式に臨み、そのあと部領使に引率されて、陸路難波をめざしたのでした。
4425は、防人として旅立つ夫を見送る妻が詠んだ歌で、他人事として話している他の女と自分を対照させることで、なおいっそう心の苦衷があらわれています。「誰が背」は、誰の夫(愛する人)か、という意味。「羨しさ」は、羨ましい、の意。しかし、単なる憧れではなく、何も分かっていない人への嫉妬と諦念が混じった痛烈な響きを持っています。「物思ひもせず」は、何も悩んでいない、何も考えていない。ここでは、愛する人を奪われる絶望を知らない部外者の気楽さを指します。この結句が不思議によい、と斎藤茂吉は言っており、秀歌として高く評価されている歌です。ただ、古いだけに、かなり都の人の手が入っており、方言もなく、都風になっています。

 
4426の「天地(あめつし)」は、アメツチの訛り。「天地の神」は、天の神と地の神、あらゆる神々のこと。「幣」は、神に祈るときに捧げるもの。「斎ひつつ」は、物忌みをして、心身を清く保つこと。単に祈るのではなく、自らを律して神に仕える姿勢を指します。「いませ」は「居り(あり)」の尊敬語「います」の命令形。ここでは(無事で)いらしてください、という切実な願い。「我れをし思はば」の「し」は強意の副助詞。もし私を思ってくれるなら。防人の夫と別れる際の妻の歌です。

 
4427の「家(いは)」は、イヘの訛り。「妹ろ」の「ろ」は、親愛の情を込めた接尾語。「偲ふらし」は、偲んでいるらしい、慕っているらしい。「らし」は、確かな根拠に基づく推定。「真結ひ」は、固くしっかり結ぶこと。「結(ゆす)ひ」は、ムスビの訛り。「解くらく」はク語法の名詞形で、解けること。衣の紐が解けるのは、人が自分のことを恋しているしるしだという俗信を踏まえています。

 
4428の「筑紫は」は、筑紫ヘの訛り。「愛しみ」は、いとしいので、大切に思うので。「帯(えひ)」は、オビの訛り。「解かなな」の「なな」は、「な(未然形)+な(終助詞)」で、強い拒絶や禁止の意。決して解くまい、という固い決意。「あやにかも寝む」の「あやに」は、何とも言いようがなく。「かも」は、詠嘆的疑問。(独り寂しく)寝ることになるのだろうか。4422に、服部呰女(はとりべのあざめ)の「我が背なを筑紫へ遣りて愛しみ帯は解かななあやにかも寝も」という歌があり、その原形かとされます。
 

うつくし

 ウツクシは、親子・夫婦・恋人どうしの間で、相手を慈しみたい、いたわってやりたい、大切にしてやりたいとする感情。庇護すべき対象に向かう時に生起する感情である。とりわけ子供に対してウツクシと表現する場合、そうした意味あいが強く現れる。用字が「愛」である場合、ウルハシとも訓めるが、こちらは立派に整った理想の状態への讃め言葉で区別される。

 その後、ウツクシは次第に小さなもの、可憐なもの、そこに生ずるかわいらしさを表現するようになっていく。『竹取物語』で、竹筒の中から発見されたかぐや姫が「三寸ばかりなる人、いとうつくしうてゐたり」と描かれているのは、その例。『枕草子』では「うつくしきもの」として、「瓜にかきたるちごの顔。雀の子のねず鳴きするにをどり来る。・・・雛の調度。・・・葵のいと小さき」などを挙げ、「何も何も、小さきものは、みなうつくし」とまとめている。

 ウツクシが美一般を表す現代語の「美しい」に対応するような例が現れるのは、どうやら中世に入ってからのようである。 

~『万葉語誌』から抜粋引用

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古典に親しむ

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