| 訓読 |
4511
鴛鴦(をし)の住む君がこの山斎(しま)今日(けふ)見れば馬酔木(あしび)の花も 咲きにけるかも
4512
池水(いけみづ)に影(かげ)さへ見えて咲きにほふ馬酔木(あしび)の花を袖(そで)に扱入(こき)れな
4513
磯(いそ)かげの見ゆる池水(いけみづ)照るまでに咲ける馬酔木(あしび)の散らまく惜しも
| 意味 |
〈4511〉
おしどりの住むあなたのお庭は、今日見ると、馬酔木の花も咲いていることですね。
〈4512〉
庭の池の水に影までも見えて色美しく咲いている馬酔木の花、その花をしごいて、着物の袖に入れてしまおう。
〈4513〉
磯影の映って見える池水に、照るほどに咲いている馬酔木の花が散るのは惜しい。
| 鑑賞 |
題詞に「山斎(しま)を属目(しょくもく)として作る」とある3首。「山斎」とは本来、山荘を表す漢語で、「斎」とは人がくつろぐ部屋や建物のこと。広い庭であればその山荘を誂えることもあったようで、それが転じて「山斎」は庭園を指す言葉となったといいます。ここは、中臣清麻呂(なかとみのきよまろ)の邸宅の庭園のこと。この3首は、4496~4500の、中臣清麻呂の家で宴会をしたときの歌15首と同じ時に作られた歌ですが、なぜかその15首に加えられず別扱いになっています。
4511は、大監物(だいけんもつ)三形王(みかたのおおきみ)の歌。大監物は大蔵省・内蔵省の出納を管理する役人。三形王は、系統不明。天平勝宝元年(749年)従五位下、天平宝字3年(759年)従四位下木工頭。「鴛鴦」は、オシドリ。「君がこの山斎」は、あなたの、この素晴らしいお庭という意味。「今日見れば」は、今日、こうして拝見すると、という意味。宴の当日の特別な感動を表しています。「馬酔木」は、ツツジ科の常緑低木。早春に小さい壺状の白い花を咲かせます。「咲きにけるかも」は、すっかり咲いていることだなあ、という深い感動・詠嘆を表す表現。
4512は、右中弁(うちゅうべん)大伴家持の歌。右中弁は、太政官右弁官局の次官。「影さへ見えて」の「影」は光や姿、投影された輪郭のこと。「さへ」は、添加(〜までも)を表す副助詞。「咲きにほふ」の「にほふ」は、現代語の「匂い(嗅覚)」ではなく、美しく鮮やかに映える、色美しく輝くという視覚的な美しさを表す古語。「袖に扱入れな」の「な」は、他者に対して〜してしまおう、〜しようではないか、と誘いかける、または自己の強い意志を表す終助詞。袖にしごいて入れよう。コキレは、コキイレの約。
4513は、大蔵大輔(おおくらのだいふ)甘南備伊香真人(かむなびのいかごまひと)の歌。大蔵大輔は、大蔵省の次官、正五位下相当。甘南備伊香真人は、はじめ伊香王と称し、天平勝宝3年(751年)臣籍降下した人。「磯影」は、池の水面に映った磯の影。「照るまでに」は、その反射で光り輝くほどに。「咲ける馬酔木の」の「咲ける」は、咲いた状態が続いている(存続の助動詞「り」の連体形)ことを示します。「散らまく」は「散らむ」のク語法で名詞形。「惜しも」は、しみじみと名残惜しい、という意味の詠嘆。

アセビ
別名アシビ。ツツジ科アセビ属に属する常緑低木で、樹高は1.5~5メートルほどになります。早春にスズラン状の小さなつぼみをつけて花が咲き、この花が集まって咲くと、その周りは真っ白になります。葉にグラヤノトキシンなどの有毒成分が含まれることから、馬が誤って食べると苦しがって、酔っぱらったような動きをするというので「馬酔木」と書きます。やや乾燥した環境を好み、日本列島の本州(宮城県以南)、四国、九州や、中国に分布し、主に山地に自生します。鑑賞用として庭にも植えられることもあります。
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