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巻第2(索引)万葉集(掲載歌の索引)古典に親しむ

『万葉集』巻第2-89・90

訓読

89
居(ゐ)明かして君をば待たむぬばたまの我(わ)が黒髪に霜(しも)は降るとも
90
君が行き日(け)長くなりぬ山たづの迎へを行かむ待つには待たじ

意味

〈89〉
 このまま夜明けまで、あなたをお待ちします。私の黒髪にたとえ霜が降りようとも。
〈90〉
 あの方が行ってしまってから日数が経ってしまいました。いつまでもじっと待ってなどいられません、迎えに行きましょうか。

鑑賞

 89は「或る本の歌に曰く」とあり、磐姫皇后が夫の仁徳天皇を慕って詠んだとされる4連作(巻第2-85~88)のうち87の類歌として載せられたもの。「或る本」は『古歌集』をさしますが、この集は今に伝わっていません。「居明かして」の「居」は本来座っている状態をいう語ですが、ここは起きて夜を明かす意。「ぬばたまの」は、ぬばたま(ヒオウギ)の実が真っ黒なことから「黒髪」に掛かる枕詞。「黒髪に霜は降るとも」は、たとえ霜が降りたとしても。「とも」は逆接の仮定条件。原文「霜者零騰文」で、「霜は降れども」とも訓みます。この歌について窪田空穂は、「89に手を加えて連作中の一首としたのが87歌であったろう」と推測しています。

 90は、
軽太郎女(かるのおおいらつめ)の歌。この歌は、磐姫皇后が夫の仁徳天皇を慕って詠んだとされる4連作(巻第2-85~88)との比較のため引用された歌で、「古事記に曰く」として次のような説明があります。「軽太子(かるのひつぎのみこ、允恭天皇の皇太子)が、妹の軽太郎女を犯した。そこでその太子を伊予の湯(松山市の道後温泉)に追放した。軽太郎女は恋しさに堪え切れずあとを追い、そのときに歌った歌」。「君が行き」は、あなたのお出かけ。「山たづの」は「迎へ」にかかる枕詞。ヤマタズ(ニワトコ)の枝が対生(向かい合って生える)することから、「向かふ」「迎へ」を導きます。「迎へを行かむ」は、迎えに行こう。「待つには待たじ」は、待つことなどはもうしない、これ以上は絶対に待たない、の意。

 軽太郎女は
衣通王(そとおりのおおきみ)または衣通姫(そとおりひめ)ともいい、絶世の美人で、艶色が衣を通して光り輝いていたというので、そう呼ばれます。また、左注に、「この一首は古事記と類聚歌林とで内容が異なっていて作者も違う。そこで日本書紀を見てみると・・・」云々の記載がありますが、割愛します。なお、衣通姫は、後世、和歌三神の一として、和歌山市の玉津島神社に祀られます。社地は衣通姫の生誕地と伝え、祠の側に、衣通姫の「産湯井」があります。女の子が生まれたとき、この井戸の水を産湯に用いると、美人になるといわれています。『古今集』序にも「小野小町は衣通姫の流なり」云々と記され、以後長く美人の例に引かれて、多くの文学の題材となりました。
 


『古歌集』について

 『古歌集』は、『万葉集』編纂の資料となった歌集の一つで、ここの巻第2のほか、巻第7・9・10・11の諸巻にも見え、歌の種類も長歌・短歌・旋頭歌に及んでいます。歌の内容や性格から、持統朝以後奈良朝初期にかけての歌を集めたものと推測されています。編者や歌集の体裁などは未詳で、巻第7・9に見える『古集』と同じものかどうかも不明です。

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『万葉集』各巻の部立て(巻第1~5)

  • 巻第1
    ① 雑歌 (1番~84番)
  • 巻第2
    ① 相聞 (85番~140番)
    ② 挽歌 (141番~234番)
  • 巻第3
    ① 雑歌 (235番~389番)
    ② 譬喩歌 (390番~414番)
    ③ 挽歌 (415番~483番)
  • 巻第4
    ① 相聞 (484番~792番)
  • 巻第5
    ① 相聞 (793番~906番)
古典に親しむ

万葉集・竹取物語・枕草子などの原文と現代語訳。