| 訓読 |
979
我が背子が着(け)る衣(きぬ)薄し佐保風(さほかぜ)はいたくな吹きそ家に至るまで
980
雨隠(あまごも)る御笠(みかさ)の山を高みかも月の出(い)で来(こ)ぬ夜(よ)は更(ふ)けにつつ
981
猟高(かりたか)の高円山(たかまとやま)を高みかも出(い)で来る月の遅く照るらむ
982
ぬばたまの夜霧(よぎり)の立ちておほほしく照れる月夜(つくよ)の見れば悲しさ
983
山の端(は)のささら愛壮士(えをとこ)天(あま)の原(はら)門(と)渡る光(ひかり)見らくし好(よ)しも
| 意味 |
〈979〉
私のあの人の着ている衣は薄いので、佐保の風はきつく吹かないでください、家にあの人が帰りつくまでは。
〈980〉
御笠の山があまりにも高いからか、月がなかなか出てこない。夜が更けていくというのに。
〈981〉
猟高の高円山が高いからでしょうか、月がこんな遅くに山の端から出てきて照ってします。
〈982〉
夜霧が立ちこめるなか、ぼんやり照っている月の姿を見るのは悲しいものです。
〈983〉
山の端に出てきた小さな月の美男子が、天の原を渡りつつ照らす光の何とすばらしい眺めでしょう。
| 鑑賞 |
979は、大伴坂上郎女が、家を訪ねて来た甥の家持が帰る際に、家持にあたえた歌です。まるで一夜を共にした恋人を送り出す風情で、「我が背子」は、一般には「わたしの夫」とか「わたしの恋人」ということになりますが、あえてユーモラスに表現したのでしょうか。郎女の、甥の身を慈しみ労わるさりげない優しさが滲み出ています。この時の家持は15、6歳です。「佐保風」は、佐保に吹く風という意味で、明日香風、泊瀬風など、同じような言い方の語が他にあります。「佐保」は、平城京の北の佐保川上流の一帯で、ここに大伴氏の邸宅がありました。「な~そ」は、懇願的な禁止を表現する語。
この当時に坂上郎女が住んでいたのは、大伴旅人の父、安麻呂の代以来の「佐保大納言卿」の家、つまり本邸であろうとされます。大宰府から帰京後、天平3年(731年)7月に異母兄の旅人が亡くなって後は、坂上郎女が坂上里から移り住み、家刀自としてここを主な活動の場とするようになっていました。また、この家には、安麻呂の妻で坂上郎女の母でもある大刀自(おおとじ:老主婦)の石川郎女も住んでいました。一方、家持は、父旅人の喪明けとなった天平4年(732年)7月以降に、大伴家の所有する別宅に移り住んだとみられています。佐保の家の西の方角にあったので、「西宅」とも呼ばれます。後の天平11年(739年)6月に、家持が亡くなった妾を偲んだ歌(巻第3-462ほか)を詠んでいますが、妾や子らと住んでいたのは、この別宅(西宅)だったと見られています。
980は、安倍朝臣虫麻呂(あべのあそみむしまろ)の「月の歌」1首。安倍虫麻呂は、従四位下・中務大輔。大伴坂上郎女は、虫麻呂の従姉妹にあたります(郎女の母・石川内命婦と、虫麻呂の母・安曇外命婦が姉妹)。虫麻呂の集中の作5首のうち3首は、郎女の作と並べられており、親密な間柄が窺えます。「雨隠る」は、雨の中にこもる笠の意で「御笠」にかかる枕詞。「御笠の山」は、春日山の別名で、連山中の主峰の名。「高みかも」の「高み」は「高し」のミ語法で、高いゆえであろうか。「か」は係助詞で、「出で来ぬ」がその結び。「更けにつつ」は、下降する、衰える意の、クダチツツと訓むものもあります。
この歌に関して窪田空穂は次のように解説しています。「従前から月に関係した歌はかなりまであったが、大体、妹の家へ通う路を照らすもの、旅の夜を照らすもの、時刻を測るものというように、実生活に利用する上の月で、鑑賞の対象としての月ははとんどなかった。この歌をはじめとしてこれに続く月の歌はすべて鑑覚の月であって、家に居て楽しんで見ているものである。このことは時代的にいうと、奈良朝にはじまったことであって、それが次の平安朝時代に続くのである」。
981~983は、大伴坂上郎女の「月の歌」3首。981の「猟高」は、高円山周辺の旧地名か。「高円山」は、奈良市春日山の南の丘陵地帯。この山麓に聖武天皇の高円離宮がありました。「高みかも」の「高み」は「高し」のミ語法で、高いゆえであろうか。「か」は、疑問の係助詞。「遅く照るらむ」の「らむ」は「か」の結びで連体形。高円山を東に臨む地にいての歌であるので、佐保の邸で詠んだものとみられます。「月夜」は、月、月の光。この歌は、この前にある阿倍虫麻呂の「雨隠る御笠の山を高みかも月の出で来ぬ夜は更けにつつ」(980)に和した作かといいます。
982の「ぬばたまの」は「夜」の枕詞。「おほほしく」は、物のはっきりしない意、ぼんやり。ここは、心が物悲しく晴れない意で用いられています。「照れる月夜」の「月夜」は月そのものの意でも用いられますが、ここは文字通りの月夜。「の」は、下の「悲しさ」に続いています。
983の「山の端」は、山の空に接する所。「ささら愛壮士」の「ささら」は天上の地名、「愛壮士」は小さく愛らしい男の意で、月を譬えています。左注に、ある人が郎女に、月の別名をささらえ壮子というと話すと、郎女はその名に興味をもち、それを詠み込む形で一首にしようとした、とあります。「ささら愛壮士」を詠んだ歌は、集中この1首しかなく、月の中でも特に上弦の月をいったのではないかとする説もあります。「門渡る」の「門」は、ここでは山が両側にあって門のように空が狭くなっている所。「見らくし好しも」の「見らく」は「見る」のク語法で名詞形。「し」は、強意の副助詞。「好しも」の「も」は、詠歎。

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