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巻第8(索引)万葉集(掲載歌の索引)古典に親しむ

『万葉集』巻第8-1442~1444

訓読

1442
難波辺(なにはへ)に人の行ければ後(おく)れ居(ゐ)て春菜(はるな)摘(つ)む児(こ)を見るが悲しさ
1443
霞(かすみ)立つ野の上(うへ)の方(かた)に行きしかば鴬(うぐひす)鳴きつ春になるらし
1444
山吹(やまぶき)の咲きたる野辺(のへ)のつぼすみれこの春の雨に盛りなりけり

意味

〈1442〉
 難波の方へ夫が行ってしまい、ひとり残されて春菜を摘んでいるその妻を見るとあわれに感じる。
〈1443〉
 霞がかっている野山のあたりに行ってみたら、ウグイスが鳴いていた。今こそ春になったらしい。
〈1444〉
 山吹の咲いている野辺のツボスミレが、この春雨の中で、たくさん咲いています。

鑑賞

 1442は、大蔵少輔(おおくらのしょうふ:大蔵省の次官)丹比屋主真人(たじひのやぬしのまひと)の歌。丹比屋主真人は、神亀元年(724年)従五位下、天平17年(745年)従五位上、同18年、備前守。同20年、正五位下。天平感宝元年(749年)、左大舎人頭(ひだりのおおとねりのかみ)であった人。『万葉集』には、短歌2首。「難波辺」の「辺」は接尾語で、難波の辺り。「人の行ければ」の「人」は、婉曲に夫または恋人をさして言ったもの。「後れ居て」は、後に残されて。「春菜摘む」は、春の野遊び、若菜摘みのことで、春菜は食用にする山草。「児」は、女性に対する愛称。同棲していた夫婦のことを歌っているとみえ、公用の旅に送り出したうら若い妻が、野遊びで女たちに交じって若菜を摘んでいる、そのいじらしくも健気な姿を見やっての作とされます。特殊な取材であり、作者と血縁関係にある女性だったのでしょうか。

 
1443は、丹比真人乙麻呂(たじひのまひとおとまろ)の歌。乙麻呂は、前歌の作者・屋主真人の第二子で、天平神護元年(765年)正月、従五位下、同10月、紀伊国行幸の折の御前次第司(ごぜんのしだしし)の次官だった人。「野の上の方に」は、句中に単独母音ウを含む字余り句で、許容せられるものです。「なるらし」の「らし」は、根拠に基づく推定。窪田空穂は、「鶯の声に春の来たことを知って喜ぶ心であるが、調べの力が伴わないため、叙事だけに終わっている歌である。しかしその叙事は実際に即したものであるために、ある程度の味わいはもち得ている」と述べています。

 
1444は、高田女王(たかたのおおきみ)の歌。高田女王は、天武天皇の曾孫である高安王の娘で、長皇子の曾孫。叔父の今城王(いまきのおおきみ)に贈った歌が、巻第4-537~542に載っています。『万葉集』には7首。「つぼすみれ」は、スミレ科の多年草。草丈が人の足首から脛ほどで、長く茎を出し、白くて小さな花をつけますが、あまり目立ちません。庭(坪)に生えていることから、あるいは花の形が大工の持つ墨壺に似ているところからの命名とされます。第4句は、句中に単独母音アを含む字余り句。
 


さき(崎・咲き・幸)

 サキは、漢字を宛てれば「先」「前」「崎」などさまざまだが、原義としては、あるものが外側の世界に向かって突き出たその先端をいう。外側の世界との接触の場であり、外側の世界の霊威を真っ先に受感する場でもある。

 この意味のサキは、「崎」がいちばんわかりやすい。陸地が海に向かって突き出たところが崎である。崎は海の彼方からやって来る異界の霊威が真っ先に依り憑く場所とされた。異界の霊威は神そのものとも考えられたから、崎の突端にはそうした神を祀る社が設けられていることが多い。このような崎は、一般には「み崎(岬)」と呼ばれるが、ミは聖性を示す接頭辞だから、そこが神の支配する領域であることを示す。み崎は、異界の霊威の依り憑く場であるとともに、異界へ向かう場所ともされた。

 異界の霊威が依り憑く場所がサキだが、それを動詞化したのが「咲く」である。動詞「咲く」も、崎と同様、語の基底には、神を迎え、神と交わる意がある。この「咲く」は、枝のサキ(先端)に季節の霊威が宿り、その霊威の発動によって花が開くことを意味する。「花」もハナ(端・鼻)であり、サキと同様、ものの先端を意味する。み崎(岬)のように海に突き出た地形を「・・・鼻」と呼ぶ例もある。動物の鼻も、顔の中央から突き出ているからハナと呼ばれる。「花」も植物の先端に「咲く」ものゆえ、ハナと呼ばれた。

 花が咲くところには、霊威がしきりに発動している。その霊威の発動している状態、霊威の充ち満ちている状態を、さかり(盛り」といった。この「盛り」と同根と見てよいのが動詞「栄ゆ」である。「咲く」が花に宿る霊威の顕著な発動を意味したように、「栄ゆ」もそこに宿る霊威や生命力が充実した力を発揮して、そのさまが外部に現れ出ている状態を意味する。

 「栄ゆ」と同根で、やはり霊威の盛んな発動を意味する言葉にサキハフ(幸はふ)がある。サキハフのサキは「咲き」に重なる。動詞サク(咲く)の連用形名詞だが、この場合は用字としてしばしば「幸」が用いられる。ハフは「延ふ」で、ニギハフ(賑はふ)などのハフと同じく、ある力が周囲に向かって水平的に広がるさまを示す。空間全体に霊威が及んで、満ち足りた状態になることを意味する。

~『万葉語誌』から抜粋引用

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