| 訓読 |
1504
暇(いとま)なみ五月(さつき)をすらに我妹子(わぎもこ)が花橘(はなたちばな)を見ずか過ぎなむ
1505
ほととぎす鳴きしすなはち君が家(いへ)に行けと追ひしは至(いた)りけむかも
1506
故郷(ふるさと)の奈良思(ならし)の岡の霍公鳥(ほととぎす)言(こと)告げ遣(や)りしいかに告げきや
| 意味 |
〈1504〉
暇がなく、もう五月になったというのに、妻の家の花橘を見ないで終わってしまうのだろうか。
〈1505〉
ホトトギスが鳴いたので、すぐにあなたのお家まで行けと追いやりましたが、命じたとおりにそちらに到着したでしょうか。
〈1506〉
故郷の奈良思の岡で鳴くホトトギスに言伝をしてやりましたが、どのように告げてくれたでしょうか。
| 鑑賞 |
1504は、題詞に「高安の歌一首」とあり、高安王(たかやすのおおきみ)の歌であるとされます。編集時にすでに臣籍降下していたので、「王」の字を削ったのではないかとされています。「暇なみ」は、公務が忙しくて暇がないので。「五月をすらに」の「すらに」は、さえも、の意。「我妹子が花橘を」は、妻の家の花橘を。「花橘」は、花の咲いた橘の称。「見ずか過ぎなむ」の「か」は疑問、「な」は強意、「む」は推量。仕事の多忙のゆえに妻の家の花橘を見に行く暇も取れない嘆きの歌であり、窪田空穂は、「巧拙をいうほどの歌ではないが、身分ある人でないと、持てない気分のある歌」と評しています。
高安王は、敏達天皇の孫である百済王の後裔。和銅6年(713年)に従五位下、養老元年(717年)従五位上。同3年伊予守として阿波、讃岐、土佐三国の按察使。同5年正五位下、神亀元年(724年)正五位上、同4年従四位下。同11年に大原真人の姓を賜わって臣籍降下しました。弟に風流侍従として知られる門部王・桜井王、娘に高田女王がいます。
1505は、大神女郎(おおみわのいらつめ)が大伴家持に贈った歌。大神女郎は伝未詳ですが、『続日本紀』に散見される大神朝臣氏の女子であると見られています。「すなはち」の原文は「登時」で、「そのとき」と訓むものもあります。ただちに、すぐに、の意。「かも」は、疑問。一見、軽く戯れているかのような歌ですが、ホトトギスを恋の使いに見立て、家持が疎遠になっているのを恨んだ歌と見られます。窪田空穂はこの歌を評し、「才走った歌で、『至りけむかも』は利いた句である」と述べています。巻第4にも大神女郎の歌があり(618)、これも家持に贈った歌です。なお、『万葉集』では、家持がプレイボーイであり、十指に余る美女たちにちやほやされ、ずいぶんともてたことが強調されます。これは、家持の歌の絶対量の多さから、必然的に彼の女性関係が際立つというだけで、当時の貴族の男子は、その数の多少はあるにせよ、誰しもこのようなものだったかもしれません。
1506は、題詞に「大伴田村大嬢、妹(いもひと)坂上大嬢に与ふる歌一首」とあり、姉が妹に贈った歌です。二人は異母姉妹で、父は大伴宿奈麻呂。宿奈麻呂の家は田村の里にあり、そこで生まれ育った姉が田村大嬢と呼ばれたようです。田村の里は、奈良市法華寺町付近、または天理市田町ともいわれます。一方、坂上大嬢は、『万葉集』に女性歌人としてもっとも多くの歌が載っている坂上朗女の娘です。こちらは坂上(所在未詳)に家があったため、母は坂上朗女、娘は坂上大嬢と呼ばれました。異母姉妹は離れて暮らす場合が多かったので疎遠になりがちなのに、この二人はとても仲が良かったようです。坂上大嬢は、のちに大伴家持の正妻になった女性です。
「故郷」は、以前住んでいた地、あるいは以前から関係のある地で、ここは明日香の古京をいうか。父の大伴宿奈麻呂が生まれて過ごした地でもあります。「奈良思の岡」は、竜田に近い所とされますが、所在未詳。「言」は、あなたを思い慕う言葉。「告げ遣りし」は、告げてやったのは。「告げきや」の「や」は、疑問。大嬢からのたよりがないのを恨んで贈った歌でしょうか。窪田空穂は、「気品の高い歌で、人柄のいたすところである」と評しています。ところで、「大嬢(おほいらつめ)」とは、同母姉妹の中での長女のことを言います。坂上郎女は大伴宿奈麻呂との間に2人の娘をもうけており、その長女を「大嬢」と言い、次女を「二嬢(おといらつめ)」と言います。一方、田村大嬢は宿奈麻呂が先妻との間にをもうけた娘であり、田村大嬢にも「大嬢」とあるのは、先妻との間に生まれた長女だったからです。

つま(妻・夫)
ツマとは、本体に対して添えられている物の意である。現代語では、母屋に対してその脇にある建物を「妻屋」といい、刺身に添えられている大根の千切りを「刺身のつま」ということなどに、その意味が受け継がれている。夫婦関係の呼称としては、男性を主体とする場合には、今言うところの「妻」を、女性を主体とする場合には、今言うところの「夫」を指す呼称であった。つまり「配偶者」という言葉が最もよく当てはまる。
類義語であるイモ・セが当事者同士の愛情の上に成り立つ呼称であるのと比べると、ツマは夫婦関係であることが社会的に認知されている男女をいうのが基本である。
『万葉集』の用例では、現代と同じく女性の妻を指すものがやはり多いが、女性から夫を指す例もしばしば見られる。
~『万葉語誌』から引用
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