| 訓読 |
1595
秋萩(あきはぎ)の枝(えだ)もとををに置く露(つゆ)の消(け)なば消(け)ぬとも色に出(い)でめやも
1596
妹(いも)が家の門田(かどた)を見むとうち出(い)で来(こ)し心もしるく照る月夜(つくよ)かも
1597
秋の野に咲ける秋萩(あきはぎ)秋風に靡(なび)ける上に秋の露(つゆ)置けり
1598
さを鹿(しか)の朝立つ野辺(のへ)の秋萩(あきはぎ)に玉と見るまで置ける白露(しらつゆ)
1599
さを鹿(しか)の胸別(むなわ)けにかも秋萩(あきはぎ)の散り過ぎにける盛(さか)りかも去(い)ぬる
| 意味 |
〈1595〉
秋萩の枝がたわむほど置いている露のように、この身が消えるなら消えてしまおうとも、人に覚られたりするものか。
〈1596〉
愛しい人の家の門前に広がる田を見ようと家を出てきた。その心の甲斐があって、こうこうと照り渡る月だよ。
〈1597〉
秋の野に咲いている秋萩が秋風になびいていて、その上には秋の露が降りている。
〈1598〉
朝、牡鹿が佇んでいる野原の秋萩に、白玉(真珠)と見まごうばかりの白露が置いている。
〈1599〉
牡鹿が胸で押し分けて通ったせいで、秋萩が散ってしまったのだろうか。それとも、花の盛りを過ぎているためだろうか。
| 鑑賞 |
1595は、大伴像見(おほとものかたみ)の歌。大伴像見は、天平宝字8年(764年)の藤原仲麻呂の乱で功を上げ従五位下を授けられ、後に従五位上に進んだ人。家系は未詳。『万葉集』には5首。「枝もとををに」は、枝がたわみしなうさま。今で言う「たわわ」に近いかもしれません。上3句は、露が消える意で「消なば」を導く序詞。「消なば消ぬとも」は、消えるなら消えてしまおうとも。「色」は、表面、顔色。「やも」は、反語。何らかの抜き差しならない理由があって、この恋は絶対に他人に知られてはならないと歌っており、典型的な相聞歌となっています。巻第4-697~699の歌と同時の作と見られるものの、秋萩に置く露を詠んでいるので、巻第8の「秋雑歌」の部に入れられています。
1596~1599は、大伴家持の歌。1596は「娘子が門(かど)に到りて作る歌」。「妹」が誰であるかは不明。「門田」は、家の門に続いているところの田。「見むと」は、見ようと思って。その実は妹に逢おうと思って来たのを、口実としてこのように言ったもの。「うち出で来し」の「うち」は、接頭語。「心もしるく」は、心の甲斐が著しくあって。この歌は、巻第4-700にある「かくしてやなほや退らむ近からぬ道の間をなづみ参来て」の歌と同時の作ではないかとされます。とすると、わざわざやって来たにも関わらず、結局、娘子には逢えなかったようなのです。
1597~1599は、天平15年(743年)秋8月、家持26歳の時に、内舎人として恭仁京にいて秋の風物を見て作った歌。秋萩を主要な題材にしています。1597の「咲ける」は、咲いている。「咲く」の已然形+存続の助動詞「り」の連体形。「靡ける」は、なびいている。「上に」は、その上に、さらに付け加えて。「置けり」は、置いている(降りている)。「秋」の語を4度まで重ねて用いており、意識してのことと見られます。
1598の「さを鹿」の「さ」は、接頭語。「朝立つ」は、朝、野原に立っている。あるいは朝早く起き出して活動する。「野辺の」は、野原の。「玉と見るまで」は、まるで宝石(真珠のような玉)かと見間違えるほど。「白露」は、白く光る露。「玉」の比喩を受ける形で、その輝きを強調しています。1599の「胸別けにかも」の「胸別け」は、胸で押し別ける意で、鹿が萩原を歩く様子を言ったもの。「かも」は、疑問・推量の助動詞。「散り過ぎ」は、散り終わる。「盛りかも去ぬる」は、花の盛りの時期が過ぎ去ったのであるか。

『万葉集』クイズ
次の歌は、いずれも大伴家持と関わりのあった女性の歌です。それぞれの作者名を答えてください。
【解答】 1.紀女郎 2.笠郎女 3.紀女郎 4.大伴坂上大嬢 5.笠郎女 6.平群女郎 7.大伴坂上郎女 8・笠郎女 9.中臣女郎 10.笠郎女
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