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巻第8(索引)万葉集(掲載歌の索引)古典に親しむ

『万葉集』巻第8-1622~1626

訓読

1622
我(わ)が宿(やど)の秋の萩咲く夕影(ゆふかげ)に今も見てしか妹(いも)が姿を
1623
我(わ)が宿(やど)にもみつ蝦手(かへるて)見るごとに妹(いも)を懸(か)けつつ恋ひぬ日はなし
1624
我(わ)が蒔(ま)ける早稲田(わさだ)の穂立(ほたち)作りたる蘰(かづら)ぞ見つつ偲(しの)はせ我(わ)が背(せ)
1625
我妹子(わぎもこ)が業(なり)と作れる秋の田の早稲穂(わさほ)のかづら見れど飽(あ)かぬかも
1626
秋風の寒きこのころ下(した)に着む妹(いも)が形見(かたみ)とかつも偲(しの)はむ

意味

〈1622〉
 我が家の庭の秋萩が咲いているこの夕日の中で、今すぐにでも見たい、あなたの姿を。
〈1623〉
 我が家の庭で色づいている楓(かえで)を見るたび、あなたを心にかけて、恋しく思わない日はありません。
〈1624〉
 私が蒔いて育てた早稲田の稲穂でこしらえた蘰(かづら)をご覧になりながら、私のことをしのんで下さいね、あなた。
〈1625〉
 愛しいあなたが仕事で取り入れた秋の田の稲穂でこしらえた蘰は、いくら見ても見飽きることがありません。
〈1626〉
 秋風の寒さが身にしみるこのごろ、下に着て体をあたためましょう。そして、あなただと思うよすがにしましょう。

鑑賞

 1622・1623は、大伴田村大嬢が、妹の坂上大嬢に贈った歌。1622の「夕影」は、夕べのほのかな光、またはそれに照らし出された物の姿。単に時刻描写にとどまらず、明から暗へと移ろう曖昧な時間帯を示すことによって、心の不確かさや寂しさをも暗示しています。「見てしか」の「てしか」は、願望。実現困難であることを承知しつつも、なお望まずにはいられない心情を表す語法であり、抑制された語調の中に深い思慕の気持ちが込められています。「妹が姿」の「姿」の原文は「光儀」で、漢籍による用字。大嬢は、萩の花が咲く夕べの光の中でますます咲き盛る美しい人だったのでしょう。なお、『万葉集』の歌では、多く男性から親愛の情を込めて女性を呼ぶ呼称として用いられる「妹」ですが、元来は姉妹をさす親族名称であり、ここでの「妹」はその原義で用いられています。

 
1623の「もみつ」は、紅葉する意の動詞。「蛙手」は、原文も「蛙手」で、カエデの古名。葉の形が蛙の手に似ているところからきています。今で言う「紅葉」は、『万葉集』では殆どの場合「黄葉」となっており、「紅葉」と書くようになったのは平安期以降とされます。これは、古代には黄色く変色する植物が多かったということではなく、中国文学に倣った書き方だと考えられています。さらにこの時代は「もみじ」ではなく「もみち」と濁らずに発音していました。「見るごとに」の表現は、蝦手が日常的に視界に入る存在であることを示すと同時に、思慕が一過性ではなく、繰り返し心に立ち現れるものであることを強調しています。「懸けつつ」は、心にかけ続ける、思いに結びつける意。どちらの歌も、自宅の景物にこと寄せて、妹に逢いたいという強い気持ちを披歴しています。

 二人は異母姉妹の関係にあり、そうした場合は離れて暮らす場合が多かったので疎遠になりがちなのに、この二人はとても仲が良かったようです。ところで、「大嬢(おほいらつめ)」とは同母姉妹の中での長女のことを言います。坂上郎女は大伴宿奈麻呂との間に2人の娘をもうけましたが、その長女を「大嬢」と言い、次女を「二嬢(おといらつめ)」と言っています。宿奈麻呂は先妻との間に田村大嬢をもうけており、田村大嬢にも「大嬢」とあるのは、先妻との間に生まれた長女だったからです。そして、この田村大嬢の方が坂上大嬢より先に生まれていることが、巻第4-756の題詞「大伴の田村家の大嬢、妹(いもひと)坂上大嬢に贈る歌」によって分かります。

 1624~1626は、天平11年(739年)秋9月の
大伴家持坂上大嬢の贈答。1624は、坂上大嬢が稲で作った蘰(かずら)を家持に贈った時の歌。1625は、家持が答えた歌。1626は、大嬢が身に着けた衣を脱いで贈ってくれたのに家持が答えた歌。この時、家持は、坂上郎女のいる竹田の庄に招かれ、そこに一緒にいた坂上大嬢との歌の贈答が始まります。家持22歳、大嬢は10代後半の秋であり、数年の離絶を経ての復活に、二人の仲は急速に燃え上がったようです。家持が「亡妾」への哀しみの歌(巻第3-462ほか)を詠んだのが、天平11年6月でしたから、それから3か月後に、生涯にわたり深い縁を結ぶこととなる女性と再会したのでした。

 
1624の「我が蒔ける」は、私が(種を)蒔いた。「早稲田」は、早く収穫するために植えた田。「穂立」は、立ち揃った稲穂。「蘰」は、草木の枝・花などを巻きつけて髪飾りにしたもの。「見つつ偲はせ」は、見ながら(私のことを)思い出してください。「偲はせ」は「偲へ」の敬語で命令形。

 
1625の「業と作れる」は、生業として作った、精を出して作った。彼女の費やした時間や労力をしっかりと認め、感謝の意を示している表現です。「早稲穂のかづら」は、早く収穫された稲穂で作った髪飾り。「見れど飽かぬかも」は、最大の誉め言葉の成句。

 
1626の「下に着む」は、下着として着ること。「妹が形見と」は、あなたの形見として。「形見」は、相手を偲ぶよすがとなる品のこと。「かつも」の「かつ」は、一方で。「も」は、強意。恋人同士や夫婦が下着を交換するのは、愛情を表現する当時の習俗だったとされます。この歌からは、大嬢と家持との間にはすでに肉体関係があったものと見えます。なお、この後に復活した二人の贈答歌は、巻第4-727以下に収録されています。
 


かげ(光・影・陰)

 カゲは、太陽や月や灯火のような光そのものを表すとともに、その光によって照らし出される像、さらにはその背後にできる闇の部分をも意味する。カゲには、光と闇という、相互に対立する意義が備えられているが、そのようなカゲのありかたは、古代人の心性の奥行きの深さをよく示している。

 光としてのカゲは、もともとはキラキラとした輝き、明滅したり揺らめいたりする光を意味した。星の輝きを「星影」と呼び、灯火の揺らめきを「火影」と呼ぶのはそのためである。「朝影」「夕影」も、朝夕の陽光を意味した。そこにも光の微妙な移ろいが意識されている。

~『万葉語誌』から引用

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かたみ(形見)

 カタミは、現在では、もっぱら故人の遺愛の品を指すことが多いが、古代では、死者に限らず、離れて逢えない人、とりわけ恋する相手にゆかりのある事物を意味した。カタミのカタとは、カタチ(形)のカタであり、ある事物の象形、すなわちその輪郭を指す。その外形といってもよい。ただし、大事なのは、そのカタが、霊力・霊魂を宿すことができるものであったことである。カタミとは、それを見ることによって、そこに宿る故人や逢えない人の霊力・霊魂に触れあうことのできるような対象を意味した。

 カタミとされるものは、実にさまざまである。鏡、子供、衣(着物)、さらには植物や土地なども「形見」とされた。

~『万葉語誌』から引用

古典に親しむ

万葉集・竹取物語・枕草子などの原文と現代語訳。