| 訓読 |
白雲(しらくも)の たなびく国の 青雲(あをくも)の 向伏(むかぶ)す国の 天雲(あまくも)の 下(した)なる人は 我(あ)のみかも 君に恋ふらむ 我(あ)のみかも 君に恋ふれば 天地(あめつち)に 言(こと)を満(み)てて 恋ふれかも 胸の病(や)みたる 思へかも 心の痛き 我(あ)が恋ぞ 日に異(け)に増さる 何時(いつ)はしも 恋ひぬ時とは あらねども この九月(ながつき)を 我(わ)が背子(せこ)が 偲(しの)ひにせよと 千代(ちよ)にも 偲(しの)ひわたれと 万代(よろづよ)に 語り継(つ)がへと 始めてし この九月(ながつき)の 過ぎまくを いたもすべなみ あらたまの 月の変はれば 為(せ)むすべの たどきを知らに 岩が根の こごしき道の 岩床(いはとこ)の 根延(ねば)へる門(かど)に 朝(あした)には 出(い)で居(ゐ)て嘆き 夕(ゆふへ)には 入(い)り居(ゐ)恋ひつつ ぬばたまの 黒髪(くろかみ)敷きて 人の寝(ぬ)る 味寐(うまい)は寝(ね)ずに 大船(おおぶね)の ゆくらゆくらに 思ひつつ 我(わ)が寝(ぬ)る夜(よ)らは 数(よ)みもあへぬかも
| 意味 |
白雲のたなびくこの国、青雲が地に向かって伏す国の、天雲の下にいる人々の中で、ただ私のみがあなたを恋慕っているのか、私のみがあなたを恋い慕って、天地に満ち溢れるほどに言葉を尽くしているので、こんなに胸が病めるのか、そんなふうに思い悩んでいるので心が痛むのか。私の悲しみは日に日に増さっていく。いつといって恋しくない時はないけれど、特にこの九月は、あなたが、私を偲ぶよすがの月にせよ、千代までも偲んでくれ、万代までも語り継いでくれとおっしゃって、大切にし始めたこの九月が過ぎようとするのが何とも致し方なく、月が変わってしまうとどうしてよいのか取っ掛かりも分からず、岩のごつごつした道なのに、どっしりした岩床のような門口なのに、朝にはその道に佇んで嘆き、夕方には門の中に籠って偲び、折り返した袖に黒髪を敷いて人様のように楽しく共寝をすることもなく、ゆらゆら揺れる大船のように、あれやこれやと思いつつ独り寝る夜は、とても数え切れるものでない。
| 鑑賞 |
亡くなった夫への挽歌。「白雲のたなびく国の」の下の「の」は、同格の句を重ねる際の接続を表す助詞。「青雲」の意は、青く晴れた空のさまを雲と見なしての称、青みを帯びた雲、晴れた日の空高い雲、灰色の雲など、諸説あります。「言を満てて」の原文「満言」で、コトハヲミテテと訓む、あるいは「言」を「足」の誤写と見て、ミチタラハシテなどと訓む説あります。「日に異に」は、日増しに。「何時はしも」の「し」は強意、「も」は詠嘆の助詞。「過ぎまく」は「過ぎむ」のク語法で名詞形。「いたもすべなみ」は、何とも致し方なく。「あらたまの」は「月」の枕詞。「すべのたどき」は、よるべき方法。「岩が根」は、大地に根を下ろしたような大きな岩。「岩床」は、岩の面の平らなところ。「ぬばたまの」は「黒髪」の枕詞。「味寐」は、共寝をして満ち足りて眠ること。「大船の」は「ゆくらゆくら」の枕詞。「夜ら」の「ら」は、接尾語。「数みもあへぬ」は、数えきれない。九月は二人が結婚した月だったのでしょうか、それとも夫が亡くなった月なのでしょうか。
なお、「為むすべのたどきを知らに」以下の句は、相聞の3274とほとんど同じになっています。窪田空穂によれば、この歌と3274の歌は互いに交錯・錯落し合っており、3274では前半を失って3329の歌を取り入れ、3329では結末を失って3274の歌を取り入れているという関係になっているといいます。

こころ(心)
現代の私たちにとって、ココロはすでに自明なものとして存在しているのかもしれない。手近な辞書を見ると、ココロとは、人間の理性・知識・感情・意志などの働きのもとになるもの、またその働きなどと説明されている。だが、古代のココロには相当に深い奥行きがある。古代のココロを探る場合、類似の概念であるタマ(魂)との関係を、どう把握するかが大きな問題となる。
魂はそれぞれの個体に宿る生命力の本質とされるものをいう。魂または個体にとって、本来的な他者として存在した。魂は容器としての身体に宿り、時としてそこから遊離あるいは分離することができるとされた。魂が身体から完全に分離すると死を招くことになる。
一方、ココロはどのようなものとされたのか。魂とは違い、ココロは個体に内在する何ものかであると考えられた。むしろ、外界との関係において初めて知覚されるものがココロだった。「心」に接続する枕詞に「群肝(むらきも)の」「肝(きも)向ふ」がある。これは、どうやら、心臓の鼓動を心の動きとして知覚したところに生まれた枕詞であるらしい。
~『万葉語誌』から引用
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巻第13と長歌について
これについて、窪田空穂は次のように述べています。――長歌の多いことは本集の特色をなしていることであるが、しかし時代的に見ると、その長歌は一路後退の路をたどっている。長歌の代表作家である柿本人麿にしても、その若い頃の作品集である「柿本朝臣人麿の歌集」と断わられている物の中には、莫大な数の短歌と旋頭歌があるにもかかわらず、長歌はわずかに三首あるのみで、その二首が本巻に収められていることによっても、その大勢はうかがわれるのである。奈良朝時代に入っての長歌の隆盛は、復古を意識してのもので、自然の要求よりのものとは言い難いものである。
そうした長歌に対し、これを特に愛好し、蒐集していた人々があって、断片的な形において残していた物のあるのを資料とし、集大成してこの一巻としたということは、それらの人々の志を遂げしめるとともに、本集の一つの光輝である。本巻は集中にあっても興味深い存在である。――
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古典に親しむ
万葉集・竹取物語・枕草子などの原文と現代語訳。 |