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巻第19(索引)万葉集(掲載歌の索引)古典に親しむ

『万葉集』巻第19-4163~4165

訓読

4163
妹(いも)が袖(そで)我(わ)れ枕(まくら)かむ川の瀬に霧(きり)立ちわたれさ夜(よ)更(ふ)けぬとに

4164
ちちの実(み)の 父の命(みこと) ははそ葉(ば)の 母の命(みこと) おほろかに 心 尽(つ)くして 思ふらむ その子なれやも ますらをや 空(むな)しくあるべき 梓弓(あづさゆみ) 末(すゑ)振り起こし 投矢(なげや)持ち 千尋(ちひろ)射(い)渡し 剣大刀(つるぎたち) 腰に取り佩(は)き あしひきの 八(や)つ峰(を)踏み越え さしまくる 心 障(さや)らず 後(のち)の世の 語り継ぐべく 名を立つべしも
4165
ますらをは名をし立つべし後(のち)の世に聞き継ぐ人も語り継ぐがね

意味

〈4163〉
 妻の袖を私は枕にして寝よう。川の渡り場に、霧よ、一面に立ち込めてくれ、夜が更けてしまわないうちに。

〈4164〉
 父上も、母上も、通り一遍のお心で育てた、そんな子であるはずがあろうか。だから男子たる者、無為に世を過ごしてよいものか。梓弓の末を振り起こし、投げ矢を持って千尋の先を射通し、剣大刀をしっかり腰に帯び、いくつもの山々を踏み越え、ご任命下された大君の御心に違わぬよう、後の世の語りぐさとなるように名を立てなければならない。
〈4165〉
 男子たる者、名を立てなければならない。後の世の人もずっと語り継いでくれるように。

鑑賞

 大伴家持の歌。4163は、題詞に「予(あらかじ)め作る七夕(しちせき)の歌」とあり、前もって、すなわち、その時期でない春3月なのに、前もって興に乗って作った歌。「枕かむ」は、枕にする意の動詞「枕く」の未然形に「む」を付したもので、枕にしよう、の意。「さ夜ふけぬとに」の「と」は、外(そと)の意。夜更け前を夜更けの範囲外と見た表現で、夜が更けないうちに、の意。一刻も早く織女のもとへ行きたいという、牽牛の立場で詠んだ歌です。「我れ枕かむ」の表現は、父の旅人が詠んだ亡妻挽歌の「帰るべく時はなりけり都にて誰が手本をか我が枕かむ」(巻第3-439)への連想によるものと見られています。家持が詠んだ七夕歌は、他に巻第18-4125~4127の長・反歌があります。

 4164・4165は、題詞に「勇士の名を振はむことを慕(ねが)ふ歌」とあり、左注には、
山上憶良の「士(をのこ)やも空(むな)しくあるべき万代(よろづよ)に語り継ぐべき名は立てずして」(巻第6-978)の歌(辞世歌)に追和したとあります。憶良の歌は病床にあって嘆いたものですが、家持の歌は、武門の家柄である父祖の功績に思いを馳せ、嫡流の自覚のもと現在の自身の身の上を顧みての感慨を吐露したものになっています。

 
4164の「ちちの実の」「ははそ葉の」は、それぞれ「父」「母」に同音でかかる枕詞。「ちちの実」は、未詳ながらイチジクとする説が有力。「ははそ」は、ブナ科の落葉樹。「父の命」「母の命」の「命」は、目上の人を敬っていう語。「おほろかに」は、おおよそに、いい加減に。「その子なれやも」の「や」は反語、「も」は詠嘆。その(大切な)子ではないか。「ますらを」は、強く立派な男子。「空しくあるべき」は、何も成し遂げずに死んでしまってよいものか、虚しいままでいてよいものか」という意味。「梓弓末振り起こし」は、梓の木で作った強い弓の端(末)をぐっと引き上げる動作。武人の勇ましさを象徴しています。「投矢」は、上代は手で投げる矢があり、その名の残っているもので、矢の意。「あしひきの」は「峰」の枕詞。「八つ峰」は、多くの峰。「さしまくる」は、任命する、派遣する。「心障らず」は、心に一切のわだかまりや障害がなく、突き進む様子。

 
4165の「名をし立つべし」の「し」は強意の副助詞で、名こそ立てるべきだ、絶対に名を残さねばならない、と強く主張しています。「名を立つ」は名声を上げること、手柄を立てること。「聞き継ぐ人も」は、耳で聞いて、それをさらに次の世代へ伝えていく人も。「語り継ぐがね」の「がね」は、希望的推測を表す終助詞。以上までが、出挙の巡行の途中に詠んだ歌です。
 

三大歌集の比較

万葉集

  1. 歌を呪術とする意識が残り、対象にはたらきかける積極的な勢いが、力強く荘重な調べとなる。
  2. 実感を抑えず飾らず大胆率直に表現する。簡明にして力強く、賀茂真淵は「ますらをぶり」と評する。
  3. 日常生活そのままでないにしても、現実の体験に即して歌うことが多く、具象的、写実的で印象が鮮明。
  4. 用語、題材についてすでに雅俗を分かつ意識が生じているが、なお生活に密着したものが比較的多く、素朴、清新の感をもって訴えかける。時に粗野。
  5. 五七調で、短歌は二句切れ、四句切れが多く、重厚な調べ。後期には七五調も現れる。歌謡の名残をとどめ音楽的効果をねらった同音同語の反復もある。
  6. 素朴な枕詞、序詞を多用。ほかに掛詞、比喩、対句を使用。
  7. 率直に表現するため、断言的な句切れが多い。終助詞による終止、詠嘆「も」「かも」を多用。

古今和歌集

  1. 宗教や政治を離れ、歌それ自体が目的となり、洗練された表現により美の典型をひたすら追求する。
  2. 感情を生のまますべてを表すことを避け、屈折した表現をとる。その婉曲さが優美繊細の効果を生む。
  3. 日常体験から遊離した花鳥風月や恋・無常など、情趣化された世界を機知に富んだ趣向や見立てにより表現する。理知がまさり、時に観念の遊戯に陥る。
  4. 優雅の基準にかなう題材を雅かなことばで詠ずるため、流麗であるが、単調となる弊がある。
  5. 七五調で、三句切れが多く、流暢な調べとなる。
  6. 掛詞、縁語の使用が多い。それらが観念的な連想を生み、虚実あるいは主従二様のイメージを交錯させ、纏綿たる情緒を楽しませる。掛詞がさらに進んでことばの遊戯となったものが物名であり、それで一巻をなす。ほかに枕詞、序詞、比喩、擬人法などを用いる。
  7. 理知的に屈折した表現をとるため、推量、疑問、反語による句切れが多い。助動詞による終止が目立つ。詠嘆の終助詞は「かな」を用いる。

新古今和歌集

  1. 乱世の現実を忌避し、王朝に憧れる浪漫的な気分が支配し、唯美的、芸術至上主義的な立場に立つ。
  2. 世俗的な感情を拒否し、「もののあはれ」という伝統的な感覚を象徴的な手法で縹渺とただよわせる。幽玄余情の様式を完成するが、時に晦渋に陥る。
  3. 客観的具象的な世界を浪漫的な心情風景に再構成し、現実を超えた絵画あるいは物語のごとき世界をつくる。
  4. 選び抜かれた素材を言語の論理性を超えた技巧によって表現し、幽玄妖艶の美、有心の理念を追求する。
  5. 七五調で、三句切れが多く、また初句切れも目立つ。
  6. 掛詞、縁語、比喩はかなり用いられるが、枕詞、序詞の使用は著しく減少する。古歌の句を借用しただけの単純な本歌取りは 古今集にもみられるが、新古今集では高度な表現技法にまで磨かれ、物語的な情緒を醸し出す象徴の手法として用いられる。
  7. 体言止めを多く用いる。

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古典に親しむ

万葉集・竹取物語・枕草子などの原文と現代語訳。