枕草子
文(ふみ)言葉なめき人こそいとどにくけれ。世をなのめに書き流したる言葉のにくきこそ。さるまじき人のもとに、あまりかしこまりたるも、げにわろきことぞ。されど、わが得たらむはことわり、人のもとなるさへ、にくくぞある。
おほかた、さし向かひてもなめきは、などかく言ふらむと、かたはらいたし。まいて、よき人などをさ申す者は、いみじうねたうさへあり。田舎びたる者などの、さあるは、をこにて、いとにくし。
男主(をとこしゆう)などわろく言ふ、いとわろし。わが使ふ者などの、「おはする」「のたまふ」など言ひたる、いとにくし。ここもとに「侍り」などいふ文字をあらせばやと、聞くことこそ多かれ。「愛敬な。など言葉は、なめき」など言へば、言はるる人も笑ふ。かくおぼゆればにや、「あまり嘲弄(てうろう)する」など言はるるまであるも、人わろきなるべし。
殿上人、宰相などを、ただ名のる名を、いささかつつましげならず言ふは、いとかたはなるを、けによくさ言はず、女房の局なる人をさへ、「あのおもと」「君」など言へば、めづらかにうれしと思ひて、ほむることぞ、いみじき。
殿上人、君達を、御前(おまへ)よりほかにては、宮(つかさ)をのみ言ふ。また、御前にて物を言ふとも、聞こしめさむには、などてか「まろが」など言はむ。さ言はざらむにくし。かく言はむには、などてわろかるべきことかは。
【現代語訳】
手紙の言葉が無礼な人はとても憎らしい。世間をいい加減に考えて書き流してある言葉の憎たらしさといったらない。大したことのない人のところに、あまりかしこまった手紙をやるのも実に不適当だ。しかし、失礼な手紙は、自分がもらったときは当然とし、人のところに来たものさえ憎たらしいものだ。
大体、面と向かっての会話でも言葉が無礼なのは、なぜそんな物言いをするのだろうかと、いたたまれなくなる。まして、立派な人などをそのように言う者は、実は愚かで、とても憎たらしい。田舎びた者などがそんな調子なのは、これは当人が滑稽に見えて、はなはだ愛嬌がある。
男主人などを失礼に言うのは、とてもよくない。自分の使用人を「いらっしゃる」「おっしゃる」などと言うのも、とても腹が立つ。そこのところに、「ございます」という言葉を使わせたいものだと聞くことが多い。遠慮なく注意できる相手に「まあ何と可愛げがないこと。どうして言葉が無礼なのか」などと言うと、言われる人も笑う。私がこのように感じるからだろうか、「あまり人を馬鹿にしている」などと人から言われる場合まであるのも、体裁が悪いに違いない。
殿上人や宰相などの、その人の実名を、少しも遠慮せず言うのは、とても聞き苦しいが、全然そんな言い方はせず、女房の部屋にいる召使にさえ、「あのお方」「君」などと言うと、めったにない嬉しさと思い、その人を誉めることは尋常ではない。
殿上人、公達を、御前以外では、役職名だけで呼ぶ。また、御前で自分たち同士で何かを言っても、帝がそれをお聞ききになっていらっしゃる時は、どうして「まろが」などと言おうか。そう言う人が偉く、そうでない人は、どうして悪かろうか。
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世の中に、なほいと心憂きものは、人ににくまれむことこそあるべけれ。誰(たれ)てふもの狂ひか、我、人にさ思はれむ、とは思はむ。されど、自然に、宮仕へ所にも、親、はらからの中にても、思はるる、思はれぬがあるぞ、いとわびしきや。
よき人の御ことは、さらなり。下衆(げす)などのほどにも、親などのかなしうする子は、目立て、耳立てられて、いたはしうこそおぼゆれ。見るかひあるは、ことわり、いかが思はざらむ、とおぼゆ。ことなることなきは、また、これをかなしと思ふらむは、親なればぞかしと、あはれなり。親にも、君にも、すべてうちかたらふ人にも、人に思はれむばかり、めでたきことはあらじ。
【現代語訳】
この世の中で、やはり一番嫌なのは、人に憎まれることだろう。どんな気遣いが、自分は人に憎まれようなどと思おうか。けれども、自然と、宮仕えする所でも、親や兄弟姉妹の間にあっても、愛される場合と愛されない場合とがあるのが、とても辛いことだ。
高貴な方の場合はいうまでもなく、ごく下々の身分の者でも、親の可愛がる子は、何かと目立ち人の注意を引いて、周囲からちやほやされるものだ。見た目のきれいな子はもちろん、どうして親の可愛がらないことがあろうか、と思われる。格別の取り柄もない子は、これまた、このような子を可愛く思うのは、親なればこそと、しみじみした気持ちになる。親にでも、主人にでも、またちょっとした話し相手にでも、人に愛されることほど素晴らしいことはあるまい。
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男こそ、なほいとありがたくあやしきここちしたるものはあれ。いと清げなる人を捨てて、憎げなる人を持たるも、あやしかし。公所(おほやけどころ)に入り立ちする男、家の子などは、あるが中によからむをこそは、選(え)りて思ひたまはめ。及ぶまじからむ際(きは)をだに、めでたしと思はむを死ぬばかりも思ひかかれかし。人の女(むすめ)、まだ見ぬ人などをも、よしと聞くをこそは、いかでとも思ふなれ。かつ女の目にもわろしと思ふを思ふは、いかなることにかあらむ。
容貌(かたち)いとよく、心もをかしき人の、手もよう書き、歌もあはれに詠みて、恨みおこせなどするを、返り事はさかしらにうちするものから、寄りつかず、らうたげにうち嘆きてゐたるを、見捨てて行きなどするは、あさましう、公腹(おほやけばら)立ちて、見証(けんそ)のここちも心憂く見ゆべけれど、身の上にては、つゆ心苦しさを思ひ知らぬよ。
【現代語訳】
男というものは、何とも奇妙な、合点のいかない心を持っている。たいそう美しい女を捨てて、醜い女を妻としているのも不思議だ。朝廷に出入りする男やその一族などは、数多い女の中からとくに美しい女を選んで愛されたらよいのに。手の届きそうもない高貴な身分の女であっても、素晴らしいと思うのなら命を懸けても強く懸想するのがよいのに。どこかの息女とか、まだ見たこともない未婚の女などでも、美しいと聞けば、どうにかして我が物にしたいと思うようだが。それなのに、女の目から見てもよくないと思う女を愛するのは、どういうわけなのだろう。
顔かたちがとてもよく、気立てもよい女の人で、字もきれいに書き、歌も趣豊かに詠み、手紙などで恨み言を言ってきたりするのに、男は、その返事はこざかしくするものの、女の許へは寄りつかず、女がいじらしく嘆いていても、見捨てて他の女の所に行ったりするのは、あまりのひどさにあきれて、人ごとながら腹が立ち、傍目にもわびしく見えるのに、男は自分自身のふるまいについて、少しも相手の女の辛さなど意識していないものよ。
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人の上(うへ)言ふを腹立つ人こそ、いとわりなけれ。いかでか言はではあらむ。我が身をば差し置きて、さばかりもどかしく言はまほしきものやはある。されど、けしからぬやうにもあり、また、おのづから聞きつけて、恨みもぞする、あいなし。また、思ひ放つまじきあたりは、いとほしなど思ひ解けば、念じて言はぬをや。さだになくは、うちいで、笑ひもしつべし。
【現代語訳】
人の悪口を言うのを怒る人は、理解できない。どうして悪口を言わずにいられようか。自分のことは差し置いて、それほどどうしても言いたくなるようなことが他にあろうか。でも、悪いことのようでもあり、また、自然に本人が悪口を聞きつけて、恨んだりすることもあるから、困ったもの。また、嫌いになれない人のことは、気の毒だなどと思って、我慢して言わない。そうでない人には、すぐに言い出して、笑ってしまうだろう。
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(一)
うれしきもの。まだ見ぬ物語の一を見て、いみじうゆかしとのみ思ふが、残り見いでたる。さて、心劣りするやうもありかし。
人の破(や)り捨てたる文(ふみ)を継ぎて見るに、同じ続きをあまたくだり見続けたる。いかならむと思ふ夢を見て、恐ろしと胸つぶるるに、ことにもあらず合はせなしたる、いとうれし。
よき人の御前(おまへ)に、人々あまたさぶらふをり、昔ありけることにもあれ、今聞こしめし、世に言ひけることにもあれ、語らせたまふを、われに御覧じ合はせてのたまはせたる、いとうれし。
遠き所はさらなり、同じ都の内ながらも隔たりて、身にやむごとなく思ふ人の悩むを聞きて、いかにいかにと、おぼつかなきことを嘆くに、おこたりたる由、消息(せうそこ)聞くも、いとうれし。
【現代語訳】
嬉しいもの。まだ読んだことのない物語の一の巻を読み、その先を読みたいとばかり思っていたところ、残りの巻が見つかった時。それでいて、読んでみたら案外がっかりすることもある。
人が破り捨てた手紙をつなぎ合わせて読んでいて、ぴったり合った続きを何行も見続けることができたとき。どうなることかと不安な夢を見て、恐ろしいと胸がつぶれそうになったものの、大したこともなく夢判断をきちんとしてくれたのは、とても嬉しい。
高貴な方の御前に女房たちが大勢お仕えしていて、昔あったことにせよ、現在お聞きになった世間での評判にせよ、その高貴な方がお話になるのに、私に目を合わされて仰られるのはとても嬉しい。
遠い所にいる場合は言うまでもなく、同じ都の中でも離れていて、自分が大切に思う人が患っていると聞き、どうなんだろう、どんな具合なのだろうと不安で嘆いているときに、全快したとの便りを得るのもとても嬉しい。
(二)
思ふ人の、人にほめられ、やむごとなき人などの、口惜しからぬ者におぼしのたまふ。もののをり、もしは人と言ひかはしたる歌の聞こえて、打ち聞きなどに書き入れらるる。自らの上にはまだ知らぬことなれど、なほ思ひやるよ。
いたううち解けぬ人の言ひたる古き言(こと)の、知らぬを聞きいでたるもうれし。後(のち)に、物の中などにて見いでたるは、ただをかしう、これにこそありけれと、かの言ひたりし人ぞをかしき。
陸奥紙(みちのくにがみ)、ただのも、よき得たる。恥づかしき人の、歌の本末(もとすゑ)問ひたるに、ふと覚えたる、われながらうれし。常に覚えたることも、また人の問ふに、清う忘れてやみぬるをりぞ、多かる。とみにて求むる物、見いでたる。
【現代語訳】
思いを寄せている人が人に褒められたり、身分の高い人などが彼を感心な者だと思っておっしゃるとき。何かの折に、自分の歌や人と贈答した歌がよい評価を得て、覚え書きなどに書き入れられる時。私自身はその経験はないが、さぞかし嬉しいだろうと思う。
それほど懇意でない人が言った古い詩歌で、自分が知らないのを聞いて知った時も嬉しい。あとで書物の中などで見つけると、ただただ面白く、ああ、この詩歌だったのだなと、それを言った人が興味深く立派に思われる。
陸奥国紙、またふつうの紙であっても、よいものを手に入れた時。気後れするような立派な人が、歌の上の句や下の句を尋ね、すぐに思い出せたときは、我ながら嬉しい。ふだん覚えていることも、改まって人が尋ねると、きれいに忘れてしまって思い出せないままになる場合が多いものだ。急な用で捜す物を見つけたときも嬉しい。
(注)陸奥紙・・・陸奥産の、厚手で細かなしわのある上質紙。
(三)
物合はせ、なにくれといどむことに勝ちたる、いかでかうれしからざらむ。また、われはなど思ひてしたり顔なる人、はかり得たる。女どちよりも、男は、まさりてうれし。これが答(たふ)は必ずせむと思ふらむと、常に心づかひせらるるも、をかしきに、いとつれなく、なにとも思ひたらぬさまにて、たゆめ過ぐすも、またをかし。憎き者の、あしき目見るも、罪や得(う)らむと思ひながら、またうれし。
もののをりに、衣(きぬ)打たせにやりて、いかならむと思ふに、清らにて得(え)たる。さしぐし磨(す)らせたるに、をかしげなるも、またうれし。またも多かるものを。
日ごろ月ごろ、しるきことありて、悩みわたるが、おこたりぬるも、うれし。思ふ人の上は、わが身よりもまさりて、うれし。
御前(おまへ)に、人々、所もなく居たるに、今上りたるは、少し遠き柱もとなどに居たるを、とく御覧じつけて、「こち」と仰せらるれば、道あけて、いと近う召し入れられたるこそ、うれしけれ。
【現代語訳】
物合わせなど、何やかんやの競争に勝つのは、どうして嬉しくないことがあろうか。また、我こそはと得意顔になっている人をだますことができた場合は嬉しい。女同士よりも、男をだますことができたら一段と嬉しい。相手がきっと仕返ししようとするのが思われて、常に注意を払っているのも面白いが、相手がそっけなく何も思っていない様子でこちらを油断させながら過ごしていくのも、また面白い。憎たらしい人が辛い目にあうのも、そう考えるのは罰が当たると思うものの、やはり嬉しい。
何かの折に、つやを出すために衣を打たせやって、どんなふうになるかしらと思ううちに、美しく出来上がってきたのは嬉しい。さし櫛を磨きに出して、素晴らしく出来上がった時も嬉しい。このような例はたくさんある。
幾日も、幾月も、はっきりした兆候があって患い続けていて、すっかりよくなった時も嬉しい。自分が慕っている人の身のときは、自分自身のこと以上に嬉しい。
中宮様の御前に女房たちが隙間もなく座っているところに、遅れて参上した自分が、少し離れた柱のそばなどに座っていると、中宮様がすぐにお見つけになり、「こちらへ」と仰られて、女房たちが道を開けて、すぐお近くまで召し入れられたのは、それこそ嬉しい。
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御前(おまへ)にて、人々とも、また、もの仰せらるるついでなどにも、「世の中の腹立たしう、むつかしう、片時あるべき心地もせで、ただ、いづちもいづちも行きもしなばやと思ふに、ただの紙のいと白う清げなるに、よき筆、白き色紙(しきし)、陸奥紙(みちのくにがみ)など得つれば、こよなう慰みて、さはれ、かくてしばしも生きてありぬべかめり、となむおぼゆる。また、高麗縁(かうらいばし)の筵(むしろ)、青うこまやかに厚きが、縁(へり)の紋(もん)いと鮮やかに、黒う白う見えたるを、引き広げて見れば、何か、なほこの世は、さらにさらにえ思ひ捨つまじと、命さへ惜しくなむなる」と申せば、「いみじくはかなきことにも慰むなるかな。姨捨(をばすて)山の月は、いかなる人の見けるにか」など、笑はせたまふ。候(さぶら)ふ人も、「いみじう安き息災の祈りななり」など言ふ。
さて後(のち)、ほど経て、心から思ひ乱るることありて、里にあるころ、めでたき紙二十を包みて賜(たま)はせたり。仰せ言には、「とく参れ」などのたまはせて、「これは、きこしめしおきたることのありしかばなむ。わろかめれば、寿命経(ずみやうきやう)も、え書くまじげにこそ」と仰せられたる、いみじうをかし。思ひ忘れたりつることを、思(おぼ)しおかせたまへりけるは、なほ、ただ人にてだに、をかしかべし。まいて、おろかなるべきことにぞあらぬや。心も乱れて、啓すべき方もなければ、ただ、「かけまくもかしこき神のしるしには鶴(つる)の齢(よはひ)となりぬべきかなあまりにや、と啓せさせたまへ」とて、参らせつ。台盤所(だいばんどころ)の雑仕(ざふし)ぞ、御使ひには来たる。青き綾(あや)の単(ひとへ)取らせなどして、まことに、この紙を草子(さうし)に作りなど、持て騒ぐに、むつかしきことも紛るる心地して、をかしと心の内にもおぼゆ。
【現代語訳】
中宮様の御前でほかの女房たちと、また中宮様が何かおっしゃられる時など、私が、「世の中が腹立たしく、煩わしくて、片時も生きられそうにない心地がして、ただもうどこへなりとも行ってしまいたいと思うような時、普通の紙ながら、たいそう白くてきれいで、上等の筆、白い色紙、陸奥紙などを手に入れると、すっかり心が晴れ、ままよ、こうしてしばらく生きていけそうだ、と思われてきます。また、高麗縁のむしろの、青くきめ細かな厚手のもので、縁の紋がとても鮮やかに黒く白く見えているのを引き広げて見ると、どうしてどうして、やはりこの世は思い捨てられないと、命さえ惜しくなってきます」と申し上げると、「とてもたわいないことにも慰められるものね。月を見ても心が慰められないという姥捨山の月は、いったいどんな人が見たのだろうか」などとお笑いになる。お側にお仕えする女房も、「とても手軽な災難よけのお祈りのようですね」などと言う。
それからしばらく後、心の底から思い悩むことがあり、実家に下がっていたころ、中宮様から、すばらしい紙二十枚を包んで私に下さった。お手紙には「早く参上しなさい」などとあって、「この紙は、聞き覚えていたことがあったから。ただ、この紙は上等ではなさそうなので、延命を祈るお経も書けないでしょうけれど」と書いておありなのが、素敵に面白い。私さえ忘れていたことを覚えておられたのは、普通の人の場合でも情趣があるものなのに、まして中宮様なのだから、決しておろそかに思ってよいことではない。心も乱れて、お返事の申し上げようもないので、ただ、「口に出すのも恐れ多い神(紙)のご利益で、鶴のような千年の寿命となってしまいそうです。あまりに大げさでございましょうが、と申し上げてください」と書いて参上させた。台盤所の召使がお使いとして来たのだった。使いの者に青い綾織りの単衣を与えたりして、この紙を草子に作るなどして大騒ぎしていると、煩わしい気分も紛れる気がして、面白いものだと心の中で感じられる。
(注)台盤所・・・女房の詰め所。
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雪のいと高う降りたるを、例ならず御格子(みかうし)まゐりて、炭櫃(すびつ)に火おこして、物語などして集りさぶらふに、「少納言よ、香炉峰(かうろほう)の雪、いかならむ」と仰せらるれば、御格子あげさせて、御簾(みす)を高くあげたれば、笑はせ給ふ。
人々も、「さることは知り、歌などにさへ歌へど、思ひこそ寄らざりつれ。なほ、この宮の人には、さべきなめり」といふ。
【現代語訳】
雪がとても高く降り積もったのに、いつもと違い御格子を下ろして、角火鉢に火を起こして、よもやま話などして伺候していると、中宮様が、「少納言よ、香炉峰の雪はどうであろう」と仰ったので、御格子を上げさせて、御簾を高く上げてご覧に入れたところ、中宮様はお笑いになられた。
他の女房たちも、「そういうことは私たちも知っているし、歌などにも歌うけれど、全然思いつきませんでした。やはりあなたは中宮様にはふさわしい人です」と言った。
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うちとくまじきもの。えせ者。あしと人に言はるる人。さるは、よしと人に言はるる人よりも、うらなくぞ見ゆる。舟の道。
日のいとうららかなるに、海の面(おもて)のいみじうのどかに、浅緑の打ちたるを引き渡したるやうにて、いささか恐ろしき気色もなきに、若き女などの、袙(あこめ)、袴(はかま)など着たる、侍(さぶらひ)の者の若やかなるなど、櫓(ろ)といふ物押して、歌をいみじう歌ひたるは、いとをかしう、やむごとなき人などにも見せ奉らまほしう思ひ行くに、風いたう吹き、海の面ただあしにあしうなるに、物もおぼえず、泊まるべき所に漕ぎ着くるほどに、舟に波のかけたるさまなど、片時に、さばかり和(なご)かりつる海とも見えずかし。
思へば、舟に乗りてありく人ばかり、あさましうゆゆしきものこそなけれ。よろしき深さなどにてだに、さるはかなき物に乗りて漕ぎ出づべきにもあらぬや。まいて、そこひも知らず、千尋(ちひろ)などあらむよ。物をいと多く積み入れたれば、水際は、ただ一尺ばかりだになきに、下衆(げす)どもの、いささか恐ろしとも思はで走りありき、つゆあしうもせば沈みやせむと思ふを、大きなる松の木などの、二、三尺にて丸なる、五つ六つ、ほうほうと投げ入れなどするこそ、いみじけれ。
屋形(やかた)といふもののかたにて押す。されど奥なるは、頼もし。端(はた)にて立てる者こそ、目くるる心地すれ。早緒(はやを)とつけて、櫓とかにすげたる物の弱げさよ。かれが絶えば、何にかならむ、ふと落ち入りなむを、それだに太くなどもあらず。
わが乗りたるは、きよげに造り、妻戸(つまど)あけ、格子(かうし)上げなどして、さ水とひとしうをりげになどあらねば、ただ家の小さきにてあり。異船(ことふね)を見やるこそ、いみじけれ。遠きはまことに笹の葉を作りてうち散らしたるにこそいとよう似たれ。泊りたる所にて、舟ごとにともしたる火は、またいとをかしう見ゆ。
はし舟とつけて、いみじう小さきに乗りて漕ぎありく早朝(つとめて)など、いとあはれなり。「あとの白浪」は、誠にこそ消えもて行け。よろしき人は、なほ乗りてありくまじき事とこそおぼゆれ。徒歩路(かちぢ)もまた恐ろしかなれど、それは、いかにもいかにも地(つち)に着きたれば、いと頼もし。海はなほいとゆゆしと思ふに、まいて、海女(あま)のかづきしに入るは、憂きわざなり。腰に付きたる緒(を)の絶えもしなば、いかにせむとならむ。男(をのこ)だにせましかば、さてもありぬべきを、女はなほ、おぼろけの心ならじ。舟に男(をとこ)は乗りて、歌などうち歌ひて、この栲縄(たくなは)を海に浮けてありく、危ふく後ろめたくはあらぬにやあらむ。のぼらむとて、その縄をなむ引くとか。惑ひ繰り入るるさまぞ、理(ことわり)なるや。舟の端(はた)をおさへて放ちたる息などこそ、まことにただ見る人だにしほたるるに、落し入れて漂ひありく男は、目もあやにあさましかし。
【現代語訳】
気の許せないもの。身分が卑しい者。悪人だと人に言われている人。しかし、そういう人は、善人だと人に言われている人よりも、裏がないようにも見える。舟旅。
たいそううららかな日和で、海面がとても長閑で、浅緑の打ってつや出しした衣を引き延べたようで、少しも恐ろしい様子もないのに、若い女などの、袙に袴などを着た姿や、侍の者の若々しいのなどが、櫓という物を押して、歌を盛んに歌っているのは、とても面白くて、高貴な御方などにもお見せしたいと思いながら行くと、にわかに風がひどく吹いてきて、海面がたちまち波立ってくるので、恐ろしさで気もそぞろになり、舟泊りする所に漕ぎ着くまでの間、舟に波がかかる有様など、ほんの少し前まで、あれほど穏やかだった海とは思われないほどだ。
思うに、舟に乗って往来する人ほど、恐ろしくて不安なものはない。それ程でもない深さであっても、あんな頼りない物に乗って漕ぎ出せるものではない。まして海は、底も知れず、千尋もあろうというものを。たくさんの荷物を積み込んでいるので、水面からはほんの一尺ほどしかない舟なのに、下衆どもは、少しも恐ろしがらずに舟の上を走り回り、ちょっとでも下手をすれば沈むかと思われるのに、大きな松の木などの、二~三尺の長さの丸いものを、五つ六つ、ポンポンと乱暴に舟に投げ入れなどするのは、恐ろしい限りだ。
舟の上にある屋形というものの側で櫓を押している。しかし、その内側にいると安心だ。屋形の外の舟ばたに立っている者は、見ているだけで目がくらむ心地がする。早緒と呼んで櫓が流されないようにすげた物の、弱々しそうな感じといったらない。それが切れたら何にもならない、すぐに海に落ちてしまうだろうに、それだって、太くなどもない。
私が乗った舟は、綺麗に仕立ててあり、妻戸を開け、格子を上げなどして、荷舟ほど水面すれすれという感じではないので、まるで小さな家の中にいるようである。他の舟を見た感じは、心細いものだ。遠くのものは、本当に笹の葉で作った舟をあちこちに散らしたように見える。舟泊まりした所で、舟ごとに灯した明かりは、また変った風情のある眺めだ。
端舟という、とても小さな舟に乗って漕ぎ回る早朝など、とてもしみじみとしている。「あとの白浪」は、歌に詠まれている通りで、すぐに消えてはかないものだ。身分の高い人は、やはり舟に乗ってあちこち動くべきではないと思う。陸の旅路も恐ろしいものではあるが、しかしそれは、何といっても足が地に着いているのだから、ずっと安心だ。海はさらに恐ろしいものに思われるのに、まして、海女が獲物を捕りに潜るのは、大変つらい仕事だ。腰に付いている縄が切れでもしたら、どうするのだろうか。せめて男がするのならば、まだ良かろうが、女はやはり、並大抵の心細さではなかろう。男は舟に乗って、歌などを歌いながら、海女の栲縄を海に浮かべて漕ぎ回っているが、危なくて心配だと思わないのだろうか。海女が浮かび上がろうとする時は、その縄を引くのだという。男が慌てて縄をたぐり入れる様子は、もっともなことだ。海女が舟の端を押さえて吐いた苦しそうな息など、ただ見ている人だって涙をもよおすのに、海女を海に潜らせて海の上を漂っている男は、全くあきれたもので、その気持ちのほどが知れない。
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よろしき男(をのこ)を、下衆女(げすをんな)などのほめて、「いみじうなつかしうおはします」など言へば、やがて思ひおとされぬべし。そしらるるは、なかなかよし。下衆にほめらるるは、女だにいとわろし。また、ほむるままに言ひそこなひつるものをば。
【現代語訳】
かなり身分のある男を、下衆女などがほめて、「とてもお優しくていらっしゃる」などと言うのを聞くと、途端に男の価値が貶められてしまう。そうした人たちに悪口を言われるの方が、かえってよい。身分の低い下衆に褒められるのは、女だってはなはだ情けないものだ。それに、当人は褒めているつもりでも、的外れなことを言うものだから。
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大納言殿参り給ひて、書(ふみ)のことなど奏し給ふに、例の、夜いたく更けけぬれば、御前(おまへ)なる人々、一人二人づつ失(う)せて、御屏風、御几帳の後ろなどに皆隠れ臥しぬれば、ただ一人、眠(ねぶ)たきを念じて候(さぶら)ふに、「丑(うし)四つ」と奏すなり。「明け侍りぬなり」と独りごつを、大納言殿、「今さらに、な大殿籠(おほとのごも)りおはしましそ」とて、寝(ぬ)べきものとも思いたらぬを、うたて、何しにさ申しつらむと思へど、また人のあらばこそは、紛れも臥さめ。上の御前(おまへ)の、柱に寄りかからせ給ひて、すこし眠らせ給ふを、「かれ見奉らせ給へ。今は明けぬるに、かう大殿籠るべきかは」と申させ給へば、「げに」など宮の御前にも笑ひ聞こえさせ給ふも知らせ給はぬほどに、長女(をさめ)が童(わらは)の、鶏(にはとり)を捕らへ持て来て、「朝(あした)に里へ持て行かむ」と言ひて、隠し置きたりける、いかがしけむ、犬見つけて追ひければ、廊(らう)の間木(まぎ)に逃げ入りて、恐ろしう鳴きののしるに、皆人、起きなどしぬなり。上も、うち驚かせ給ひて、「いかでありつる鶏(とり)ぞ」など尋ねさせ給ふに、大納言殿の、「声、明王(めいわう)の眠りを驚かす」といふことを、高ううち出(い)だし給へる、めでたうをかしきに、ただ人の眠たかりつる目も、いと大きになりぬ。「いみじき折のことかな」と、上も宮も興ぜさせ給ふ。なほかかることこそ、めでたけれ。
またの夜は、夜の御殿(おとど)に参らせ給ひぬ。夜中ばかりに、廊に出でて人呼べば、「下(お)るるか。いで、送らむ」とのたまへば、裳(も)、唐衣(からぎぬ)は屏風にうち掛けて行くに、月のいみじう明かく、御直衣(なほし)のいと白う見ゆるに、指貫(さしぬき)を長う踏みしだきて、袖をひかへて、「倒るな」と言ひて、おはするままに、「遊子(いうし)、なほ残りの月に行く」と誦(ず)し給へる、またいみじうめでたし。
「かやうのこと、めで給ふ」とては笑ひ給へど、いかでか、なほをかしきものをば。
【現代語訳】
大納言様(伊周)が参上なさって、帝に漢詩文の御講義などをなさるうちに、いつものように、夜がすっかり更けたので、御前にいた女房たちは、一人二人と退出して、御屏風や御几帳の後ろなどに皆隠れて寝てしまったので、私はただ一人、眠いのを我慢して侍っていると、「丑四つ」と時を奏するのが聞こえた。「夜が明けたようです」と独り言を言うと、大納言様が帝と中宮に「今さら、もう、お休みなさいますな」と申し上げて、一向にお寝になるご様子もないので、まあ嫌だ、なぜそんなことを申し上げたのかと思うけれども、他の女房がいるならばそれに紛れて寝るだろうが、どうしようもない。帝が、柱にお寄りかかりになって、うとうととしていらっしゃるのを、大納言殿が、「あれを御覧なさい。今はもう夜が明けたのに、このようにお休みになってよいものですか」と中宮様に申し上げなさると、「本当に」とお笑いになるのも帝はお気づきにならない。と、長女(おさめ)の召使の童女が、鶏を捕えて持ってきて、「朝になったら、実家へ持って帰ろう」といって隠しておいたのが、どうしてか、犬が見つけて追いかけたので、鶏は廊の間木に逃げ込んで、けたたましく鳴き騒ぐので、寝ていた女房たちも皆起きなどしてしまったようだ。帝も目をお覚ましになって、「どうして鶏がいたのか」などお尋ねになると、大納言様が、「声、明王の眠りを驚かす」という詩句を声高に吟じなさったのが、素晴らしく面白いので、私の眠たかった目も大きく開いた。「素晴らしく折に合った詩句だ」と、帝も中宮様も面白がられる。やはり何といっても、このようなことは素晴らしい。
翌日の夜は、中宮様が帝の寝室に参上なさった。私が夜中の頃に、廊に出て召使の者を呼ぶと、大納言様が、「局に下がるのか。どれ、送ってあげよう」とおっしゃるので、裳、唐衣を屏風にうち掛けて出ると、月がたいそう明るく、大納言様の御直衣がとても白く見え、指貫を長く踏みつけて、私の袖を引っ張って、「転ぶな」と言って、いらっしゃる途上、「遊子、なお残りの月に行く」と朗詠なさったのが、これまたとても素晴らしい。
「このような程度のことを、すぐにお褒めになる」とおっしゃってはお笑いになるけれど、どうして素晴らしがらずにおれようか。
(注)丑四つ・・・午前2時半ごろ。
(注)廊の間木・・・清涼殿の北廊の上長押に設けられた棚。
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この草子(さうし)、目に見え、心に思ふことを、人やは見むとすると思ひて、つれづれなる里居(さとゐ)のほどに書き集めたるを、あいなう、人のために便(びん)なき言ひ過ぐもしつべき所々もあれば、よう隠し置きたりと思ひしを、心よりほかにこそ、漏(も)り出でにけれ。
宮の御前(おまへ)に、内の大臣(おとど)の奉りたまへりけるを、「これに何を書かまし。上の御前には、史記といふ書(ふみ)をなむ書かせたまへる」などのたまはせしを、「枕にこそははべらめ」と申ししかば、「さは、得てよ」とて賜はせたりしを、あやしきを、こよやなにやと、尽きせず多かる紙を、書き尽くさむとせしに、いと物覚えぬことぞ多かるや。
おほかたこれは、世の中にをかしきこと、人のめでたしなど思ふべき、なほ選りいでて、歌などをも、木、草、鳥、虫をも、言ひだしたらばこそ、「思ふほどよりはわろし。心見えなり」とそしられめ、ただ心一つに、おのづから思ふことを、たはぶれに書きつけたれば、ものに立ちまじり、人並み並みなるべき耳をも聞くべきものかはと思ひしに、「恥づかしき」なんどもぞ、見る人はしたまふなれば、いとあやしうぞあるや。げに、そもことわり、人の憎むをよしと言ひ、ほむるをもあしと言ふ人は、心のほどこそ、推し量らるれ。ただ、人に見えけむぞ、ねたき。
左中将、まだ伊勢守(いせのかみ)と聞こえし時、里におはしたりしに、端の方(かた)なりし畳(たたみ)さし出でしものは、この草子、載りて出でにけり。惑ひ取り入れしかど、やがて持ておはして、いと久しくありてぞ、返りたりし。それよりありきそめたるなめりとぞ、本(ほん)に。
【現代語訳】
この草子は、私の目に見え、心に思うことを、まさか他人が見ることはなかろうと思って、退屈な里住まいをしていた間に書き集めたのを、あいにく他人にとっては具合の悪い言い過ぎをした箇所もあるため、うまく隠していたつもりなのに、心ならずも世間にもれ出てしまった。
実は、中宮様に内大臣様(藤原伊周)が献上された草子の料紙を、中宮様が「これに何を書こうかしら。帝は『史記』という書物をお書きになりました」とおっしゃるので、私が「枕でございましょう」と申し上げると、「それなら、お前にあげましょう」と御下賜になられた。つまらないことを何やかんやと、たくさんの料紙に全部書き尽くそうとしたので、とりとめのないことが多くなってしまった。
大体は、世の中の面白いことや、人が素晴らしいと思うに違いないとかいうことを選んで、歌であったり、木や草や鳥や虫のことなどを言っているのであって、「予想したほどよくない。作者の才能の程度が知れる」と批判もされようが、これはただ自分ひとりに、心に自然に浮かぶことを戯れに書きつけたのだから、他の書物と肩を並べて、同じような評判を聞けるはずもないと思っていたのに、「敬服しました」などと読んだ人がおっしゃるのは不思議でしようがない。しかし考えてみれば、なるほどそう褒めてくれるのも道理、人が憎むことをよいと言い、褒めることを悪いと言う人の、その心が大いに察せられる。ただ、これが人に見られたことが残念だ。
左中将様(源経房)が、まだ伊勢守だった頃、私の里にいらっしゃった折に、端のほうに置いてあった畳を差し出したところ、何とこの草子がそれに載ったまま出てしまった。あわてて戻したが、中将様はそのまま持っていらっしゃり、ずいぶん経って返して下さった。それからこの草子が独り歩きしてしまったようだ。と、元の草子に書かれている。
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万葉集・竹取物語・枕草子などの原文と現代語訳。 |
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