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シューベルトの交響曲第7番『未完成』

 シューベルト交響曲第7番『未完成』が、なぜ2楽章のまま未完成になってしまったのか。この謎には諸説あり、不治の病に冒されて作曲を続けられなくなったという説、本人が2楽章のみで完成とみなしたという説、途中で他の曲を書き始めたという説、さらには第2楽章の出来が素晴らしすぎてそれ以上の着想が湧かなかったという説などがあります。1番目の説にある「不治の病」というのは梅毒のことで、この時代は死に至る病気でした。

 シューベルトが医者から病気の告知を受けたのは、『未完成』を書き始めて1ヵ月後、第3楽章を書き始めたところだったそうで、それはまさに死の宣告。数年かかって何とか体力は回復したものの、直後はショックを受け、とても作曲どころの精神状態でなくなったのは想像に難くありません。しかし、回復後も『未完成』はそのまま放置され、次に書き始めた交響曲は第8番『グレイト』だったんですね。

 なぜ『未完成』の続きを書かなかったのか。私が思いますに、シューベルトにとって、きっとこの曲はけったくそ悪い曲だったに違いありません。書いているさなかに重い病気を宣告されたわけですからね。縁起悪いというので、手も触れたくなかったのではないでしょうか。それにシューベルトは生涯で14の交響曲を作曲しましたが、『未完成』以外にも5曲の未完の作品があるといいますから、途中でやめてしまうのは決して珍しくはなかった。元々気まぐれだったのでしょうか。

 とまれ、第1楽章の静かに始まるチェロとコントラバス、それに続く、オーボエによる素敵な音色。さすがにメロディーメーカーのシューベルトらしく、何の和音もなく1本の旋律だけで奏でられていくのであります。他の作曲家の交響曲にはなかなか見られない。そして傑作とされる第2楽章は、宇野功芳さんの言葉を借りれば「クラリネットが、次いでオーボエがうたってゆく第2主題は、途中で何度となく転調を繰り返し、まるで夢の国にさまよう想いがある」。

 ただですねー、『未完成』はやはり所詮は未完成だと感じます。演奏する人たちもおそらくそうだと思いますが、聴くほうも、中途半端に終わる物足りなさといいますか、まさに寸止め?のようでして、十分な満足感を得られません。ただ美しい曲を2つ聴いたなという感じ。全体像が分からない。とても残念です。

プロの拘り

 クラシック・コンサートによく出かける友人が言ってた話です。どこのホールかは聞かなかったんですが、あるとき、たまたま彼の隣の席が空いていたので、その席の背もたれ部分に自分の上着をかけたんですね。そしたらホールの係員がやって来て、「それはやめてください!」と注意されたそうです。

 何故かと尋ねると、音の響きが変わるからというんです。友人は「そんなバカな」と抵抗したらしいんですが、頑として許してもらえなかったそうです。たかがそれくらいのことで、しかもわずか1席のことで影響があるのかと思うんですが、あるんだそうです。

 そういえば、だいぶ前のある新聞に、ギタリストの村治佳織さんの談話が載っていまして、ステージ上での自分の椅子の位置を10センチずらしただけでも音の響きが変わることがあると言っていました。プロはそこまで神経を使っている、また拘りを持っているんですねー。
 


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