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巻第10(索引)万葉集(掲載歌の索引)古典に親しむ

『万葉集』巻第10-1928~1931

訓読

1928
狭野方(さのかた)は実にならずとも花のみに咲きて見えこそ恋のなぐさに
1929
狭野方(さのかた)は実になりにしを今さらに春雨(はるさめ)降りて花咲かめやも
1930
梓弓(あづさゆみ)引津(ひきつ)の辺(へ)なる莫告藻(なのりそ)の花咲くまでに逢はぬ君かも
1931
川の上(うへ)のいつ藻(も)の花のいつもいつも来(き)ませ我(わ)が背子(せこ)時じけめやも

意味

〈1928〉
 狭野方は実にならなくてもよいから、せめて花だけでも咲いて見せておくれ、実らぬ恋の慰めに。
〈1929〉
 狭野方はとっくに実になってしまっているのに、春雨が降ってきたからといって、今さら花を咲かせはしません。
〈1930〉
 引津のほとりのなのりその花が咲くまで、あなたは逢ってくれないのですね。
〈1931〉
 川のほとりのいつ藻の花のように、いつもいつも来てください、あなた。私に都合が悪いなどということがあるものですか。

鑑賞

 作者未詳の問答歌(問いかけの歌とそれに答える歌によって構成される唱和形式の歌)2組。1928は男の歌、1929はそれに返した女の歌。「狭野方」は未詳ながら、「方」は蔓性植物の蔓を指しているといわれ、落葉低木のアケビとする説が有力になっています。アケビは、林の木に巻き付いて生長し、春まだ早いころに、一つの株に姿や大きさが異なる雄花と雌花が咲きます。その名は、熟すと実が裂ける「開実(あけみ)」が転じたものとされます。「狭野方」を詠んだ歌は、『万葉集』にはこの2首のみです。1928の「実」は、恋の成立(結婚)を意味しており、「花」は交際を意味しています。「見えこそ」の「こそ」は、願望の終助詞。「なぐさ」は、慰め、気休め。二人の仲が実らずともよいから、せめて交際だけでもしてほしいと言っています。

 1929の「実になりにし」は、すでに人妻であることを匂わせているもの。「今さらに春雨降りて」には、今さら他の男に言い寄られても、の意が込められています。「花咲かめやも」は、春雨が花を咲かせるという考えを踏まえての表現であり、「花咲く」は、相手の男と関係を結ぶことの譬え。「めやも」は反語で、承諾などできようか、できはしない、の意。当時は人妻に手を出すことは固く禁じられていましたから、有無を言わさない返しとなっていますが、うまく断る口実だったかもしれません。いずれの歌も、花を譬喩にしているとはいえ、かなり露骨で直截な歌となっています。

 1930は男の歌、1931はそれに答えた女の歌。
1930の「梓弓」は、弓を引く意で「引津」にかかる枕詞。「引津」は、福岡県糸島市の海岸。「莫告藻」は、海藻のホンダワラの古名。花の咲かない藻であるのに「花咲くまでに」と言っているのは、永久にないことを意味しており、女が避けて逢わないのを恨んでいます。「君」は、ここは男より女をさしての称。この歌は、巻第7-1279の『人麻呂歌集』にある「梓弓引津の辺なるなのりその花 摘むまでに逢はずあらめやもなのりその花」の旋頭歌を短歌に詠みかえたものとみられ、また答歌の1931は、巻第4-491の歌(吹黄刀自の作)と同じです。

 
1931の「いつ藻」の「いつ」は、接頭語。上2句は「いつもいつも」を導く同音反復式序詞。「時じけめやも」の「時じけ」は、その時期ではない意の形容詞「時じ」の未然形。「めやも」は反語で、時が悪いなどということがあろうか、いやない、の意。恋人の頻繁な来訪を願う率直な恋情を、水辺の植物に託して明るく表現した一首であり、古歌の詠みかえまたは古歌そのままを引用しているのは、かけ合いの謡い物となっていたのかもしれません。
 


枕詞あれこれ

  • 高砂の
    「松」「尾上(をのへ)」に掛かる枕詞。高砂(兵庫県)の地が尾上神社の松で有名なところから。同音の「待つ」にも掛かる。
  • 玉櫛笥(たまくしげ)
    玉櫛笥の「玉」は接頭語で、「櫛笥」は櫛などの化粧道具を入れる箱。櫛笥を開けるところから「あく」に、櫛笥には蓋があるところから「二(ふた)」「二上山」に、身があるところから「三諸(みもろ)」などに掛かる枕詞。
  • 玉梓(たまづさ)の
    「使ひ」に掛かる枕詞。古く便りを伝える使者は、梓(あずさ)の枝を持ち、これに手紙を結びつけて運んでいたことから。また、妹のもとへやる意味から「妹」にも掛かる。
  • 玉鉾(たまほこ)の
    「道」「里」に掛かる枕詞。「玉桙」は立派な桙の意ながら、掛かる理由は未詳。
  • たらちねの
    「母」に掛かる枕詞。語義、掛かる理由未詳。
  • ちはやぶる
    「ちはやぶる」は荒々しい、たけだけしい意。荒々しい「氏」ということから、地名の「宇治」に、また荒々しい神ということから「神」および「神」を含む語や神の名に掛かる枕詞。
  • 夏麻(なつそ)引く
    「夏麻」は、夏に畑から引き抜く麻で、夏麻は「績(う)む」ものであるところから、同音で「海上(うなかみ)」「宇奈比(うなひ)」などの「う」に掛かる枕詞。また、夏麻から糸をつむぐので、同音の「命(いのち)」の「い」に掛かる。
  • 久方(ひさかた)の
    天空に関係のある「天(あま・あめ)」「雨」「空」「月」「日」「昼」「雲」「光」などにかかる枕詞。語義、掛かる理由は未詳。
  • もののふの
    もののふ(文武の官)の氏(うぢ)の数が多いところから「八十(やそ)」「五十(い)」にかかり、それと同音を含む「矢」「岩(石)瀬」などにかかる。また、「氏(うぢ)」「宇治(うぢ)」にもかかる。
  • 百敷(ももしき)の
    「大宮」に掛かる枕詞。「ももしき」は「ももいしき(百石木」が変化した語で、多くの石や木で造ってあるの意から。
  • 八雲(やくも)立つ
    地名の「出雲」にかかる枕詞。多くの雲が立ちのぼる意。
  • 若草の
    若草がみずみずしいところから、「妻」「夫(つま)」「妹(いも)」「新(にひ)」などに掛かる枕詞。

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