モーツァルトの《ピアノ協奏曲第27番》
元オーボエ奏者の宮本文昭さんは、これからモーツァルトに入ろうとしている方にお薦めしたい曲は《ピアノ協奏曲第27番》だとおっしゃっています。かの有名な『アイネ・クライネ・ナハトムジーク』や『交響曲第40番』などではなく、何が何でも絶対にこの曲だって。
宮本さんによれば、《第27番》は、モーツァルトの計り知れない財産が散りばめられた、最高峰の作品、名曲中の名曲ということです。もう大絶賛なわけですが、長い年月にわたったモーツァルトの創作過程の最終到達点であるこの協奏曲のすばらしさは、宮本さんによらずとも、既に至るところで喧伝されています。
とはいうものの、じゃあこれからモーツァルトを始める人に《第27番》が絶対にお薦めかというと、まことに僭越ながら私としては、ちょっと違うのではないかと思ってしまいます。なぜなら、この曲は表面的には、あまりに素直であり、単純であり、明解だからです。何も知らない人がこの曲を聴いたら、きっと拍子抜けするのではないでしょうか。「えっ、こんなもんなの?」って。たぶん殆ど心に響かないんじゃないかという気がします。
この曲はですねー、たとえば長い年月を生きてきて、さまざまな喜びや悲しみ、挫折や苦労、努力と克服を経てきた人が、ようやく穏やかで落ち着いた気持ちになって、ふっとこれまでの出来事を振り返ってみる、そういう心境において聴く曲だと思っているからです。「これまでいろいろあったなー」って。この素直さや単純さは、実は裏側にそのような感慨というか深みを含んでいる。達観したっていうかな。ですから、むしろモーツァルトの他の曲をたくさん聴いた後のほうで聴くべき曲だと思うんです。というか、いきなり聴いて、この曲の本当のすばらしさはなかなか分からないと思う。宮本さんがおっしゃっていることは、あくまでクラシック音楽の経験を積んできた立場からの発言だと思うんです。
モーツァルトの《ピアノ協奏曲第22番》
モーツァルトの《ピアノ協奏曲第22番》は、第20番、21番と第23番の間にあって、何となく影が薄くて人気も今一つらしいのですが、私は大好きです。第1楽章のシンフォニックなオーケストラに絡み合う技巧的な独奏ピアノ、第2楽章の哀愁漂う静かなメロディー、そして何と言っても第3楽章のチャーミングさといったらない! 初演時には第2楽章がアンコールされたそうですが、私は、心が弾むようなこの第3楽章が好きで好きでたまりません。
この第3楽章の可愛らしいメロディーを耳にするとき、何だか童心に帰るような不思議な感覚になります。まるでスキップを踏みたくなるような。それほどに純真無垢で愛らしい! さらに、数多のモーツァルトのメロディーの中で、間違いなくマイベスト5に入るほどに溺愛しております。まだお聴きでない方はぜひ聴いてみてください。ひょっとしたら「あ、どこかで聴いたことある」と思われるかもしれませんよ。
《第22番》は、モーツァルトがウィーンに出てから3年後の1785年後半に、オペラの『フィガロの結婚』に取り掛かる傍ら、すでに定着していた予約演奏会のために書かれた作品です。ただ、もともと社交的で華やかな雰囲気の曲が要求されていたなかで、《第20番》という意欲的ながらも内面性の強い短調の作品を持ち込んだためか、客足がやや下火になりつつあり、この作品によって挽回しようとしたともいわれます。
翌年にはさらに《第23番》と《第24番》も完成し、これら3曲の大きな共通点は、オーケストラ編成に新たにクラリネットが加わえられたことです。それによって木管群が充実し多彩さを増したわけですが、残念ながら、この3曲を入れた春の予約演奏会では聴衆が激減したといいます。挽回に向けた強い願いは叶わなかったんです。そしてこれがウィーンでのモーツァルトの最後の予約演奏会となったそうです。
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モーツァルトの『トルコ行進曲』
誰もが知っている、モーツァルトの《ピアノ・ソナタ第11番イ長調》第3楽章、いわゆる『トルコ行進曲』は、1783年、モーツァルトが27歳のときの作品です。第3楽章に「アラ・トゥルカ(トルコ風に)」と記されていることから『トルコ行進曲』と呼ばれるようになったんですね。そんでもって「トルコ風」の意味は、トルコの軍楽隊の音楽のようにということです。
15世紀に東ローマ帝国を滅ぼしたオスマン・トルコは、16世紀初頭から中東、アフリカ、ヨーロッパにも勢力を拡大し、ウィーンも包囲されて陥落寸前となりましたが、1683年にオーストリア軍がオスマン・トルコ軍に勝利したという経緯があります。ヨーロッパ各国にとっては大変な脅威となったものの、決して悪いことばかりではなかったようで、各地にトルコ軍楽ほかオリエンタルな文化が伝わったのです。
ウィーンではトルコの軍楽隊を雇うなど、トルコ熱は徐々に高まっていき、18世紀後半にブームは最盛期を迎えました。モーツァルトの『トルコ行進曲』は、そんな風潮の中で生まれた作品です。打楽器と金管楽器を多用した同音楽は、打楽器が3拍打って1拍休むというスタイルが基調になっており、私たちが聴いても血湧き肉躍るような心地よいリズムです。ピアノ曲である『トルコ行進曲』は、あの有名なメロディーを右手で弾き、左手で軍楽隊のリズムが取り入れられています。
ほかにもヴァイオリン協奏曲第5番(第3楽章)や歌劇『後宮からの誘拐』でも、モーツァルトのトルコ風音楽を聴くことができます。また、これを取り入れたのはモーツァルトだけでなく、ハイドンの交響曲第100番『軍隊』、ベートーヴェンの劇付随音楽『アテネの廃墟』、交響曲第3番(第4楽章)、第9番(第4楽章)あたりにもその影響がみられます。ずいぶんなブームだったんですね。
そういえば日本では、歌手の由紀さおりさんと安田祥子さん姉妹が、平成9年ごろでしたかね、『トルコ行進曲』をスキャットで「ティアララルン、ティアララルン、ティアララ、ティアララ、ティアララルン♪♪♪」と軽快に歌っていたのを思い出します。とても懐かしいです。
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