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巻第4(索引)万葉集(掲載歌の索引)古典に親しむ

『万葉集』巻第4-769・775・776

訓読

769
ひさかたの雨の降る日をただひとり山辺(やまへ)に居(を)ればいぶせかりけり
775
鶉(うづら)鳴く古(ふ)りにし郷(さと)ゆ思へどもなにそも妹(いも)に逢ふよしもなき
776
言出(ことで)しは誰(た)が言(こと)なるか小山田(をやまだ)の苗代水(なわしろみづ)の中淀(なかよど)にして

意味

〈769〉
 雨が降る中、あなたのいない山裾でひとり過ごしていると、何とも心が晴れません。
〈775〉
 古さびた奈良の里にいた頃からあなたに恋焦がれていたのに、なぜお逢いする機会がないのでしょう。
〈776〉
 先に言い寄ったのはどこのどなただったかしら。山あいの苗代の水が淀んでいるように、途中で途絶えてしまって。

鑑賞

 769大伴家持紀女郎に答えて贈った歌とありますが、紀女郎から贈られた歌は載っていません。家持は、いまだ整わない新都の恭仁京にいて、同じく恭仁京に住む女郎に贈った歌のようです。女郎の家は、このあとの777以下の家持の歌から、恭仁京のさほど遠くない距離の所にあったことが知られます。「ひさかたの」は「雨」の枕詞。集中50例ある枕詞で、天・雨・月などにかかりますが、語義・掛かり方とも未詳。「山辺」は、恭仁京における家持の宅があった場所ですが、どの山かは不明。恭仁京があった地は、どちらの方向にも山がある小盆地です。「いぶせかりけり」は、心が晴れない、うっとうしいことだ。話し相手のいな息詰まるような気分と、雨霧に煙る風景とが重ね合わされています。もっとも、単なる近況報告ではなく、これは、知的な年上の女性である紀女郎に対し、「こんなに気が滅入っている私を、あなたの言葉(歌)で慰めてください」という、家持からの甘えを含んだ「呼びかけ」でもあります。

 斎藤茂吉は、この歌について「もっと上代の歌のように、蒼古(そうこ)というわけには行かぬが、歌調が伸々のびのびとして極めて順直なものである。家持の歌の優れた一面を代表する一つであろうか」と評しています。

 
775は、大伴家持紀女郎に贈った歌、776が、それに答えた紀女郎の歌です。775は、奈良にいた紀女郎が家持のいる恭仁京へ移り住むことになった時に、家持が直接の関係を結ぼうとして贈ったもののようです。「鶉鳴く」は、鶉は人気のない荒れた野原に棲むので、その荒れたのを古くなったとして「古る」の枕詞としたもの。「郷ゆ」の「ゆ」は、起点・経由点を示す格助詞。「なにそも」は、なぜ。「逢ひよし」は、逢う手立て。「なき」は「そ」の係り結びで、連体形。家持が紀女郎という知的な壁に突き当たり、「どうすれば彼女に近づけるのか」と、古都の静寂の中で一人懊悩していた出発点のような歌となっています。

 
776の「言出しは」は、(求婚を)言い出したのは。「小山田」の「小」は接頭語で、山の田圃。「苗代水」は、田植えの前に籾を蒔いて発芽させ苗を育てる場所。「小山田の苗代水」は、水を温めるために澱ませることから「中淀」を導く序詞。「中淀」は、水の流れが途中で淀むことで、妻問いが中だるみ状態になることを譬えています。動詞「淀む」が、訪れの途絶えることを表した例は多く見られます。女郎は、家持の訴えに対しては直接には触れず、奈良にあって妻問いして以来、忘れたかのような状態で過ごしてきたのを非難しています。このあたりから二人の仲は始まり、やがて深い関係に発展していったようです。
 
大伴家持と紀州女郎の歌(巻第4-762~764777~781
大伴家持と紀州女郎の歌(巻第8-1460~1463
 


『万葉集』クイズ

 次の歌は、いずれも大伴家持と関わりのあった女性の歌です。それぞれの作者名を答えてください。

  1. 戯奴がため我が手もすまに春の野に抜ける茅花そ食して肥えませ
  2. 陸奥の真野の草原遠けども面影にして見ゆといふものを
  3. 闇夜ならばうべも来まさじ梅の花咲ける月夜に出でまさじとや
  4. 生きてあらば見まくも知らず何しかも死なむよ妹と夢に見えつる
  5. 思ふにし死にするものにあらませば千たびぞ我れは死に返らまし
  6. 松の花花数にしも我が背子が思へらなくにもとな咲きつつ
  7. 月立ちてただ三日月の眉根掻き日長く恋ひし君に逢へるかも
  8. 相思はぬ人を思ふは大寺の餓鬼の後に額づくがごと
  9. をみなへし佐紀沢に生ふる花かつみかつても知らぬ恋もするかも
  10. 水鳥の鴨の羽色の春山のおほつかなくも思ほゆるかも


【解答】 1.紀女郎 2.笠郎女 3.紀女郎 4.大伴坂上大嬢 5.笠郎女 6.平群女郎 7.大伴坂上郎女 8・笠郎女 9.中臣女郎 10.笠郎女

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