| 訓読 |
777
我妹子(わぎもこ)がやどの籬(まがき)を見に行かばけだし門(かど)より帰してむかも
778
うつたへに籬(まがき)の姿(すがた)見まく欲(ほ)り行かむと言へや君を見にこそ
779
板葺(いたぶき)の黒木(くろき)の屋根は山近し明日(あす)の日取りて持ちて参(まゐ)り来(こ)む
780
黒木(くろき)取り草も刈りつつ仕(つか)へめどいそしきわけとほめむともあらず [一云 仕ふとも]
781
ぬばたまの昨夜(きぞ)は帰しつ今夜(こよひ)さへ我(わ)れを帰すな道の長手(ながて)を
| 意味 |
〈777〉
あなたの家の今造っているという垣根を見に行ったら、ひょっとしてあなたは、私を門から追い返してしまうでしょうか。
〈778〉
決して垣根が見たくて行こうと言うのではありませんよ。あなたに逢いたいからなのです。
〈779〉
板葺きの黒木の屋根を造ろうというのなら、さいわいに山も近いことですし、明日にでも伐って持って参りましょう。
〈780〉
黒木を伐採し、かやまで刈り取ってお仕えしたいけれども、勤勉な小僧だとほめてくれそうにありません。
〈781〉
昨夜は私に逢って下さらず、帰らざるを得ませんでした。今宵も同じように拒否なさいませんように。ここまで長い道のりなのですから。
| 鑑賞 |
大伴家持が、更に紀女郎に贈った歌5首。777の「籬」は、竹や柴で編んだ垣根。「けだし」は、もしかして。本当は家の中に入って彼女に逢いたい。しかし、いきなり「逢いたい」と言うのを避け、「せめて垣根だけでも(遠くから)眺めに行こうかな」という控えめな表現をとっています。門前払いを食らうのを恐れる、気弱な青年を演じていますが、これは相手の出方を探る偵察的なアプローチであり、また、私はこんなにあなたに気兼ねしているんですよという甘えのポーズでもあります。
778の「うつたへに」は、下に否定や反語を伴い、「決して~でない」の意。777の不安げな態度から一変、自ら反語を用いて否定しており、これは、女郎に対して「そんな消極的な態度で満足するような私ではありませんよ」と、自分の男らしさや情熱の強さを再アピールしています。「君」は、ふつうは男に対して用いますが、戯れて言ったようです。「君を見にこそ」の下に「行け」が省略されています。
779の「黒木」は、白木に対しての称で、白木は木材の皮を剥いだ材木。黒木はそれを剥がないままのもの。「山近し」は、家持の家が山に近い意。777で「垣根を見に行こうかな」と言い、778で「いや、あなたに逢いに行きたいのだ」と宣言した家持は、この779で、逢いに行くための具体的な口実(あるいは具体的な献身)を提示します。「黒木」は切り出したばかりの力強い木材であり、これを持っていくと言うことで、家持は自分の若々しいエネルギーと、なりふり構わぬ情熱を表現しています。
「明日、すぐにでもお届けします」というスピード感には、一刻も早く彼女の元へ駆けつけたいという焦燥感が溢れています。
780の「仕へめど」は、お仕えしたいが。「いそしきわけ」は、勤勉な小僧、召使。「ほめむともあらず」は、あなたが褒めるだろうとも思えない。前歌で「屋根材(黒木)を持って参ります」と勇ましく提案した家持が、「たとえ私がそこまで尽くしたとしても、あなたは私を認めてくれないのでしょうね」と、あえて自虐的に先回りして詠んだ歌です。「ほめむともあらず」という否定的な結びは、女郎に「そんなことないわよ」と言わせたい」、あるいは「これほど尽くす私を、本当に無視できるのですか?」という、強い逆説的な問いかけになっています。
781の「ぬばたまの」は「昨夜」の枕詞。「長手」は、遠路。この歌からは、実際に昨夜行ったが、帰されたという具体的な事実が明かされます。家持は、その拒絶された痛みを武器にして、二晩続けての訪問を強行しようとしています。「我れを帰すな」という強い口調には、もはやこれまでの技巧や芝居がかった余裕はなく、昨夜は我慢したけれど、今夜だけは絶対に嫌だという、若き家持のなりふり構わぬ本音が吐露されています。
これらの歌から、紀女郎も恭仁京内のさほど遠くない所に住んでいたことが窺えます。家持が女郎の今造っている家を見に行こうというのは、この時代、家などを建築する時には、その家主に何らかの関係をもつ者が、材料や労力を提供するなどの助力をするのが一般の習わしとなっており、ここもその心から言っているものです。ただ、冒頭の歌で「籬(まがき)を見に」といっているのは、家の内部まで見ようとするのは遠慮していて、この時点では女郎との関係がまだ深くなかったことを示しています。
⇒ 大伴家持と紀州女郎の歌(巻第4-762~764、769・775・776)
⇒ 大伴家持と紀州女郎の歌(巻第8-1460~1463)

ヌバタマ
アヤメ科の多年草。平安時代になると檜扇(ひおうぎ)と呼ばれるようになりました。8月にオレンジ色で赤い斑点のある花を咲かせます。花が終わると真っ黒い実がなるので、名前は、黒色をあらわす古語「ぬば」に由来します。そこから、和歌で詠まれる「ぬばたまの」は、夜、黒髪などにかかる枕詞になっています。
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