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巻第8(索引)万葉集(掲載歌の索引)古典に親しむ

『万葉集』巻第8-1610

訓読

高円(たかまと)の秋野(あきの)の上(うへ)のなでしこが花 うら若み人のかざししなでしこが花

意味

高円の秋野に咲いたナデシコの花。その初々しさにあなたが挿頭になさった、そのナデシコの花。

鑑賞

 丹生女王(にうのおほきみ)が、大宰帥(大宰府の長官)の大伴旅人に贈った旋頭歌形式(5・7・7・5・7・7)の歌。丹生女王は伝未詳ですが、天平11年(739年)に従四位下から従四位上に、天平勝宝2年(750年)に正四位上に昇叙されたことが分かっています。巻第3-420の作者、丹生王と同一人かともいわれます。

 「高円」は、奈良市の東南の、春日山の南の一帯。「うら若み」は「うら若し」のミ語法で、初々しいので。「人」は、ここは旅人のこと。「かざしし」は、ここでは愛した意。表面的には風雅な便りとなっていますが、女王が若かりしころに、旅人に愛されたことを懐かしみつつ、ナデシコの花を自分自身に譬えています。古風な旋頭歌にしたのもその心にふさわしい、と
窪田空穂は言っています。また、結句で再び「なでしこが花」と反復する構成は、花そのものへの愛着を強調するとともに、歌全体に円環的な安定感を与えており、これは、対象を慈しむ眼差しが一貫して揺らぐことなく保たれていることの表現とも解されます。この時の旅人は64、5歳、女王は旅人より20歳は若かっただろうとされます。巻第4-553~554にも女王が旅人に贈った歌があり、また、巻第5の808・809も、署名はないものの、旅人が贈った歌に女王が答えた歌ではないかとの説があります。

 挿頭は、髪や冠り物に挿した草木の花や枝のことで、本来は草木の生命力にあやかったものでした。挿頭にするものとして、『万葉集』には、もみじ、萩、梅、柳、ナデシコなどがあります。ナデシコは、ナデシコ科の多年草(一年草も)で、秋の七草の一つ。夏にピンク色の可憐な花を咲かせ、我が子を撫でるように可愛らしい花であるところから「撫子(撫でし子)」の文字が当てられています。数多くの種類があり、ヒメハマナデシコとシナノナデシコは日本固有種です。
 


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かざす

 「髪挿(かみさ)す」の意で、季節の霊威を宿した植物を髪に挿して、その生命力を身につけようとする呪的な行為。カザスという行為は、非日常的な空間である神事や宴の場で行われた。宴は神祭りを起源とし、宴の参加者は神に等しい位置に立つ。そこで各々カザシをすることで、神に化すと考えられていた。天平2年(730年)正月、大宰府の大伴旅人邸で開催された梅花の宴は約30人の官人たちが集まる盛大な宴であったが、その折の歌32首のうち8首に、梅の花をカザスことが詠まれている。

 カザシにする植物は、春は花が主であるのに対し、秋は黄葉である。常緑樹も用いられた。年中、緑を保つ常緑樹は、永遠性の象徴として神事に使用された。また、カザシにする花や木々を女性と重ね合わせ、「カザシにする」=女性を手に入れる、という意味を表した歌もある。

 カザシ同様、植物で作り、身に付けた物としてカヅラがある。蔓性植物を冠状に編んだもので、髪飾りにして植物に宿る霊威を身に感染させる呪具である。ちなみにカヅラは、少なくなった頭髪を補う具である「かつら」の語源である。 

~『万葉語誌』から抜粋引用

古典に親しむ

万葉集・竹取物語・枕草子などの原文と現代語訳。