日本史の要点と重要語句
先土器時代〜弥生時代 / 古墳時代 / 飛鳥時代 / 奈良時代 / 平安時代 / 鎌倉時代 / 南北朝・室町時代 / 安土桃山時代 / 江戸時代 / 明治時代 / 大正時代/昭和時代
●王政復古の大号令
1867年に大政奉還が行われ、天皇は王政復古の大号令を発した。翌1868年、年号を明治、江戸を東京と改めて、天皇中心の新政府樹立をめざした。
●戊辰戦争
1868〜69年にかけての、政府軍と新政府の方針に不満をもつ旧幕府軍の戦い。京都の鳥羽・伏見の戦いから、戦争が始まった。
江戸城無血開城・・・旧幕府の勝海舟と新政府軍の西郷隆盛が会見し、江戸城が無血で明けわたされた。
会津戦争・・・会津藩を中心とする東北地方の諸藩が新政府軍と戦ったが、敗れた。
五稜郭の戦い・・・榎本武揚が函館の五稜郭にたてこもって新政府軍に抵抗したが、降伏した。
●五か条の御誓文
1868年、新政府が天皇中心の体制を固めるために、天皇が神にちかう形で、五か条の御誓文を公布した。
ひろく意見を聞いて政治を行い、外国から新しい知識を取り入れて国を発展させていこうというもの。
●五榜の掲示
1868年、五か条の御誓文と同時に、国民に対し国民の守るべきことを示した。
徒党・強訴・キリスト教の禁止など、江戸幕府と変わらない政策を示した。
●版籍奉還
藩主の土地(版)と人民(籍)を天皇に返させ、旧藩主を知藩事に任命した。 薩長土肥(薩摩・長州・土佐・肥前)の4藩主がまず行い、その他の藩主もつぎつぎにこれにならった。
●廃藩置県
版籍奉還の後も旧藩主と人民との間には、以前と同じような領主と領民の関係が続き、政府が直接支配ができなかった。そこで、1871年、藩を廃止して新しく府や県をおき、政府から府知事・県令が任命された。
新政府のもとに全国が統一され、中央集権国家の土台ができた。
●四民平等
士農工商を廃止し、士農工商は平等との原則にもとづいて、天皇の一族を皇族、公家・大名を華族、武士を士族、農工商を平民とした。 平民にも苗字(みょうじ)が許され、他の身分との結婚や住居移転、職業が自由になった。
●富国強兵
政府は、日本を欧米列国に負けない強い近代国家に育てようと、富国強兵につとめた。 そのなかで重要な政策となったのが、徴兵制度、地租改正、殖産興業。
●徴兵制度
1873年に徴兵令を発布、20歳以上の男子は身分に関係なくすべて3年間の兵役につくことになった。
近代的な軍隊制度が整った。
●地租改正
富国強兵をすすめるため、財政の基礎をつくる必要があった。そこで地租改正にふみきり、地価(土地のねだん)を決め、地価の3%を地租(税)として現金で納めさせた。
地租は収穫高に関係なく、政府の収入が安定、国家財政の基礎が固まった。
●殖産興業
国を富ませるために、官営工場をつくり、鉱山を開発したりした。
富岡製糸場・・・官営もはん工場として、群馬県の富岡に製糸工場が建てられた。フランスの機械や技術を導入。士族の娘たちが女工として働いた。
●岩倉使節団
政府は、不平等条約の改正を外交の方針とし、その下交渉と欧米の事情を調べることを目的として、岩倉具視らを欧米使節団として派遣した。
●学制
政府は、近代国家の土台は教育にあると考え、1872年に学制を発布し、全国に小学校をつくって義務教育の制度をとりいれた。
(大学と私立学校)
・昌平坂学問所⇒東京大学
・慶応義塾(福沢諭吉)
・東京専門学校(大隈重信)⇒のちの早稲田大学
・同志社英学校(新島襄)など
●文明開化
欧米の思想や制度のほか、生活・風俗もとりいれられ、国民生活が欧米風に大きく変わった。
太陽暦の採用・・・1872年、それまでの太陰暦を改め、太陽暦を採用、また七曜制(1週を7日とする)がとりいれられた。
電信・鉄道が開通、郵便事業もはじまり、町には人力車や馬車が走り、れんが造の建物やガス灯が建てられた。人々の間には、洋服、肉食が広まった。
郵便制度・・・前島密の努力により、1871年、東京〜大阪間で開始された。
●福沢諭吉
豊前中津藩の士族。「学問のすすめ」を出版し、封建的な生活をやぶり、個人の自主独立と実学の尊重をとなえた。幕末に欧米に留学し、帰国後、慶応義塾を開き、人材を育成した。
●士族の反乱
新政府は、薩摩・長州藩の出身者による藩閥政治だったため、政府に参加できなかった藩の士族の多くは不満をもった。また、四民平等政策や徴兵令などで特権を失ったため、不満はさらに高まった。
各地の不平士族は、武力で政府に反抗したが、いずれも失敗した。・・・神風連の乱、秋月の乱、萩の乱
●西南戦争
1877年、鹿児島の士族が西郷隆盛をかついで政府に反抗した。西郷は、近代的な政府軍に敗れ、自殺。
武力による反抗はこれが最後となり、不平士族の反政府運動は言論を中心に行われるようになった。
●自由民権運動
イギリス・フランスの民権思想が普及し、自由民権運動が高まった。
藩閥政治・・・政府の要職を、薩摩・長州藩出身者が独占。
1874年、土佐の板垣退助は、後藤象二郎や佐賀の江藤新平、副島種臣らとともに、民選議院設立の建白書を政府に提出した。
1874年、板垣退助らは高知で立志社を設立、国会期成同盟に発展。
1881年、北海道開拓使官有物払下げ事件がおこると、藩閥政府に対する非難がはげしくなった。
政府は、非難をかわすために、1881年、10年後(1890年)に国会を開設することを約束した。
●政党の結成
自由党・・・1881年、板垣退助らが結成。フランス流の急進的な自由主義を主張。
立憲改進党・・・1882年、大隈重信らが結成。イギリス流のおだやかな議会政治を主張。
●秩父事件
1884年、埼玉県の自由党員と農民がおこした暴動事件。政府は軍隊をくりだして鎮圧し、自由党員をきびしく処罰した。その後、自由民権運動が下火になった。
●伊藤博文
1881年の国会開設の詔で10年後に国会開設を約束した政府は、翌年、伊藤博文をヨーロッパに派遣し、各国の憲法を調査させた。帰国後、秘密で憲法草案をつくった。
大久保利通の死後、政府第一の実力者となり、初代の内閣総理大臣になった。
●大日本帝国憲法
1889年、天皇が国民にあたえるという形(欽定憲法)で、大日本帝国憲法が発布された。
君主権の強いプロシア(ドイツ)の憲法を手本につくられた。
天皇主権で、国の統治権・陸海軍の統帥権など、強い権限をもった。国民の権利と自由は、法律の許す範囲で認められた。
アジアで最初に立憲政治が実現した。
●帝国議会
憲法発布の翌1890年、最初の衆議院議員の総選挙が行われ、帝国議会が開かれた。
国民の選挙で選ばれた議員からなる衆議院と、皇族・華族の代表や天皇が任命した議員からなる貴族院の二院制。
衆議院議員の選挙権は、満25歳以上の男子で、直接国税15円以上をおさめる者に限られた(国民の1%)。
●教育勅語
1890年に出された国民道徳の基本方針。国民は天皇に心からつかえ、家庭では父母に孝行をつくさなければならないことを説いた。
各学校に配られ、奉読した。
●枢密院
天皇の相談に応じる最高機関で、憲法草案を審議するためにつくられた。内閣を動かすほどの力をもった。
●日清戦争前の外交
日清修好条規・・・1871年、日本と中国が対等の条約を結んだ。
征韓論・・・西郷隆盛らが主張し、朝鮮を武力ででも開国させようとした。
日朝修好条規・・・1876年、日本は朝鮮に不平等な条約をおしつけ、開国させた。
●日清戦争
日本が朝鮮半島に進出し、朝鮮を属国とみなしていた清国と対立した。
1894年、朝鮮で外国勢力の追放をめざす農民が、東学党という宗教団体と結んで兵をあげた(東学党の乱)。日本と清が出兵して対立を深め、日清戦争のきっかけとなった。
1894年、日清戦争がおこり、日本軍の連戦連勝ですすみ、清国が降伏、講和を申しいれた。
●下関条約
日清戦争に勝利した日本は、1895年、下関で講和条約を結んだ。
@清は、朝鮮の独立を認め、朝鮮から手を引くこと。
A清は、台湾・遼東半島などを日本にゆずる。
B清は、賠償金2億両を日本に支払う。
●三国干渉
東アジアでの南下政策を考えていたロシアはフランス・ドイツをさそい、遼東半島を清に返すよう要求してきた(三国干渉)。日本は三国と争う国力がなく、やむをえず要求をうけいれた。
●日英同盟
ロシアは満州・朝鮮へ勢力をのばし、日本にとって大きな脅威となった。1902年、日本はイギリスと軍事同盟(日英同盟)を結んで、ロシアの進出にそなえた。
●日露戦争
満州と朝鮮をめぐる対立から、1904年、日露戦争がおきた。
戦争は中国大陸の南満州を中心に行われ、日本軍は苦戦しながらも旅順・奉天の戦いで勝利した。
日本海海戦で、東郷平八郎ひきいる海軍がロシアのバルチック艦隊を破った。
一部の国民は戦争に不安をもち、孝徳秋水や内村鑑三らが戦争に反対、与謝野晶子は出征した弟を心配する詩をよんで国民の心をとらえた。
●ポーツマス条約
1905年、アメリカのルーズベルト大統領のなかだちにより、アメリカのポーツマスで日露戦争の講和条約が結ばれた。
@日本が韓国を指導・保護することを認める。
A樺太の南半分を日本にゆずる。
B遼東半島の南部の租借権を日本にゆずる。
C南満州鉄道の権利を日本にゆずる。
●韓国併合
日露戦争後、日本は韓国に統監府をおいた。
初代統監伊藤博文が暗殺されたことがきっかけで、1910年、韓国を併合した。
●鹿鳴館
外務卿の井上馨は、不平等条約改正を成功させるため、欧米をまねる欧化政策をとった。
東京に社交場の鹿鳴館を建て、外国の外交官と舞踏会を開くなどした。
●ノルマントン号事件
1886年、イギリスの貨物船ノルマントン号が和歌山県沖で沈没し、イギリス人船員はボートで脱出したが、日本人乗客25人は全員見殺しにされた。
イギリス領事が裁判を行い、船長を軽い罪にしたことから、治外法権廃止を求める声が高まった。
●不平等条約の改正
治外法権廃止・・・1894年、外務大臣陸奥宗光がイギリスとの交渉で成功させた。
関税自主権の回復・・・1911年、外務大臣小村寿太郎がアメリカとの交渉で成功させた。
●産業革命
第一次産業革命・・・19世紀末ごろから、製糸、紡績などの軽工業が発達。
第二次産業革命・・・日露戦争前後、製鉄・機械・造船などの重工業が発達。
●八幡製鉄所
日清戦争の賠償金の一部でつくられた官営工場。1901年から操業をはじめた。
原料の鉄鉱石を中国から輸入、石炭は筑豊炭田を開発してあてた。日本の製鉄業の中心として、重工業の発展をささえた。
●足尾銅山鉱毒事件
栃木県の足尾銅山の鉱毒が、渡良瀬川流域の住民に大きな被害をあたえた。衆議院議員の田中正造が、帝国議会でこの問題をとりあげたが弾圧され、1901年に天皇に直訴した。
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●帝国主義と国際対立の激化
19世紀末から、帝国主義の政策をとる欧米先進国は、海外に原料と市場を求めて進出、軍事力を背景に植民地化を進め、ドイツやイギリス・フランス・ロシアが対立した。 ドイツは、1882年にオーストリア・イタリアと三国同盟を結び、海外進出に乗り出した。これに対抗して、露仏同盟、英仏協商に加え、1907年に英露協商が結ばれ、三国協商が成立した。
●サラエボ事件
バルカン半島は、民族や各国の対立から、いつ戦争が始まるかわからない緊張した状態となり、「ヨーロッパの火薬庫」とよばれた。
1914年、サラエボでセルビア人の青年がオーストリア皇太子夫妻を暗殺するという事件がおこった。
●第一次世界大戦
1914年のサラエボ事件の後、オーストリアがセルビアに宣戦したのをきっかけに第一次世界大戦がおこり、ヨーロッパの国のほとんどが、連合国(協商国)と同盟国に分かれて戦った。
戦車・毒ガス・飛行機・潜水艦などの新兵器が使われた。
日本は、日英同盟を理由に、連合国がわについて参戦、中国のドイツ領などを占領した。
●21か条の要求
1915年、日本は中華民国に対し、山東省のドイツの権利を日本にゆずることなどの21か条の要求を出した。
大総統の袁世凱はこの要求を受けいれたが、排日運動がおこった。
●アメリカの参戦
ドイツの潜水艦が中立国の船を攻撃したことなどから、中立を守っていたアメリカは、1917年に連合国がわについて参戦。これによって、連合国がわの勝利が決定的になった。
●ベルサイユ条約
1919年、フランスのパリで講和会議が開かれ、ベルサイユ条約が結ばれた。
敗戦国ドイツは植民地の全部と本国の一部を失い、多額の賠償金を課せられた。
アメリカ大統領ウィルソンが、民族自決、軍備縮小など14か条の原則をとなえた。
日本は、中国でのドイツの権利を引きつぎ、南太平洋の島々の統治をまかされた。
●大戦景気
大戦中、日本は、連合国への軍需物資の供給やアジアへの輸出などで好景気になった。
製鉄業・造船業の重工業のほか、商船不足から海運業も急速に発展、薬品などの化学工業もさかんになった。
造船、海運業のにわかの発展にともなって、戦争成金があらわれた。
●ソ連の成立
ロシアでは、国民の皇帝への不満を背景に、1917年、レーニンの指導によるロシア革命がおき、ソビエト政府ができた。
世界初の社会主義国家、ソビエト社会主義共和国連邦が1922年に成立した。
●排日運動
三・一独立運動・・・1919年に、朝鮮で独立運動がおこったが、日本に鎮圧された。
五・四運動・・・1919年に、中国で講和条約と21か条の要求に反対する運動がおきた。
●ワシントン会議
1920年代、平和を望む声が高まり、1921年に開かれたワシントン会議で、各国の軍備縮小が決められた。
●米騒動
大戦中の好景気で物価が上がり、ロシア革命へのシベリア出兵を見こんで、商人が米を買しめ、はげしく米が値上がりした。 これに対し、1918年、富山県の漁村の主婦たちが米を求めて米屋をおそう事件が発生、全国に広がった。 各地で警官隊や軍隊と衝突する事態になり、寺内正毅内閣が責任をとって辞職した。
●政党内閣の成立
寺内内閣が辞職後、おりからの民主主義の高まりもあり、立憲政友会の原敬が内閣を組織、本格的な政党内閣をつくった。 「平民宰相」とよばれ、国民から大きな期待がよせられたが、普通選挙の要求に反対し、社会運動を弾圧した。
●大正デモクラシー
第一次世界大戦後、民主主義の実現を求める大正デモクラシーがさかんになった。
吉野作造は、天皇主権のもとで民主主義をめざす民本主義を主張した。
●社会運動の広がり
1920年、日本で最初のメーデーが行われ、翌年、労働組合の全国組織である日本労働総同盟が結成された。
1922年、日本農民組合が結成された。
1922年、被差別部落の人々が全国水平社を結成した。
平塚雷鳥や市川房枝らが、婦人解放運動に活やくした。
●関東大震災
1923年9月1日に発生した関東大震災で、東京・横浜が大きな被害を受け、経済も混乱、不景気が深刻化した。 混乱のなか、多くの朝鮮人や社会主義者が殺された。
●普通選挙法
1925年、加藤高明内閣は、普通選挙法を制定し、満25歳以上のすべての男子に選挙権をあたえた。
●治安維持法
普通選挙法の成立と同時に、治安維持法が成立し、労働運動や社会運動を取りしまった。
●財閥
三井・三菱・住友などの財閥は、豊富な資本力をもとに、日本の産業の中心となった。
●明治・大正時代の文化
教育制度がととのい、欧米の科学・技術がとりいれられ、自然科学が発達した。 交通機関の発達・ラジオ放送の開始、娯楽の普及など、生活が近代化した。
[医学]
北里柴三郎(破傷風)・志賀潔(赤痢菌)・野口英世(黄熱病)
[文学]
芥川龍之介「羅生門」・石川啄木・小林多喜二「蟹工船」・志賀直哉(白樺派)・島崎藤村・夏目漱石「吾輩は猫である」・樋口一葉・森鴎外「舞姫」・与謝野晶子
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●世界恐慌
1929年、アメリカのニューヨークで株価が大暴落し、経済恐慌がおこった。恐慌は世界に広がり、日本も大きな打撃を受けた。
●満州事変
1931年、日本軍が奉天郊外の柳条湖で、南満州鉄道の線路を爆破した(柳条湖事件)。 これを中国軍の行為であるとして、満州に進撃し満州事変をおこし、翌年、満州国をつくった。
●リットン調査団
満州事変について、国際連盟はリットンを委員長とする調査団を派遣して実情調査を行った。
日本は満州国からの引きあげを勧告され、1933年、国際連盟を脱退した。
●軍部の台頭
五・一五事件・・・1932年5月15日、海軍の青年将校らが犬養毅首相を暗殺、政党政治が終わった。
二・二六事件・・・1936年2月26日、陸軍の青年将校らが首相官邸や警視庁などを襲い、政治家や財界人を殺傷、軍部の発言力が強まった。
●日中戦争
1937年、北京郊外の盧溝橋で日本軍と中国軍がしょうとつし、日中戦争が始まった。日本軍は首都の南京を占領した。
●第二次世界大戦
1939年、ドイツがポーランドを侵略し、イギリス・フランスが宣戦。
世界は、枢軸国(日独伊など)と連合国(英仏米など)に分かれて戦った。
●日独伊三国軍事同盟
1940年、日本・ドイツ・イタリアは、軍事同盟で結びつきを強め、日本とアメリカの対立が深まった。
●太平洋戦争
日本は資源を確保するために東南アジアへの進出をめざしたが、アメリカはきびしい経済封鎖の措置をとって日本を追い詰めた。
1941年12月8日、日本がハワイの真珠湾を攻撃して、太平洋戦争が始まった。
はじめのうちは、東南アジアや太平洋の島々を次々に占領し、日本軍の優勢のうちに展開した。
●15年戦争
満州事変から太平洋戦争までの15年間、日本は戦争に明けくれ、日本は国際的に孤立した。
不景気を打開するため、軍部が大陸進出をすすめ、財閥や政府も協力した。
●戦時体制
国家総動員法・・・1938年、国民や物資すべてを戦争に動員・強制できるようにした。
大政翼賛会・・・1940年、政党を解散して政府の方針に協力するようにした。
●戦争中の国民生活
学童疎開・・・空襲がはげしくなると、大都市の小学生は集団で地方へ疎開した。
学徒動員・・・男子学生が戦場に動員され、中学生や女子学生も勤労動員された。
配給制・・・食糧や日用品が不足し、米・みそ・衣服などが配給制となった。
●ミッドウェー海戦
1942年6月、中部太平洋のミドウェー海域で日本軍が大敗。以後、日本は苦戦を続けた。
●東京大空襲
アメリカ軍の本土空襲が始まり、1945年3月に、東京に焼夷弾による無差別爆撃が行われ、死者10万人の被害が出た。
●沖縄戦
1945年4月、アメリカ軍が沖縄に上陸し、2か月後に日本軍は全滅した。
沖縄の女子学生(ひめゆり部隊)や中学生も戦い、一般県民の死者が軍関係者の死者を上回った。
●日本の敗戦
1943年にイタリア、1945年5月にドイツが降伏、ヨーロッパでの戦争が終結した。
アメリカ軍は1945年8月6日に広島、8月9日に長崎に原子爆弾を投下した。
1945年8月6日、日本はポツダム宣言受諾を決め、降伏した。
●ポツダム宣言
1945年7月、アメリカ・イギリス・中国(のちにソ連も参加)が日本に対して発した宣言。
日本の無条件降伏などを要求し、日本は8月15日に受け入れを発表した。
●連合国の占領政策
日本の敗戦後、アメリカ軍を中心とする連合国軍が日本に進駐し、占領した。
マッカーサーが連合国総司令部(GHQ)の最高司令官となり、占領政策を行った。
●婦人参政権
1945年、満20歳以上の男女が選挙権を得て、女性の参政権が実現した。
翌年の衆議院議員総選挙で、39名の女性が当選した。
●日本国憲法
1946年11月3日に日本国憲法が公布され、翌年5月3日に施行された。
国民主権・基本的人権の尊重・平和主義の三原則。
天皇は、日本国や日本国民の象徴とされた。
●農地改革
1946年から数年にわたり農地改革が行われた。
政府が小作地を強制的に買い上げ、小作人に安く売った。多くの小作人が自作農となった。
●財閥の解体
1945年、三井・三菱・住友・安田・富士の大財閥を解体し、小さな会社に分けた。
1947年、少数の大資本家による市場の独占を防ぐため、独占禁止法が制定された。
●労働三法
労働者の権利を保護するため、労働組合法・労働基準法・労働関係調整法の労働三法が制定された。
労働組合法によって、労働者の団結権・団体交渉権・争議権が保障された。
1946年5月1日、メーデーが復活した。
●教育基本法
1947年、教育勅語が廃止され、教育の機会均等・義務教育・男女共学などを内容とする教育基本法が制定された。
義務教育が9年に増え、六・三・三・四制の学校制度となった。
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熊本県・豊津県・千束県
中津県・日出県・府内県
佐伯県・臼杵県・岡県
森県・日田県・杵築県
延岡県・高鍋県・飫肥県
佐土原県・鹿児島県
(伊藤博文)
◆GHQは、ポツダム宣言に沿った大日本帝国憲法の改正を求め、日本は憲法問題調査委員会を設置して「松本案」を作成した。
◆「松本案」は天皇主権を維持したためにGHQがこれを拒否し、GHQ最高司令官のマッカーサーによる「マッカーサー草案」を示した。
◆日本政府は「マッカーサー草案」を叩き台にして、憲法改正草案要綱を作成した。
◆日本国憲法は1946年11月3日に公布され、翌年5月3日に施行された。前文および11章103カ条からなり、基本的人権の尊重・国民主権・平和主義を三大原理としている。
◆日本国憲法は大日本帝国憲法のような欽定憲法ではなく、民定憲法である。
◆基本的人権は「人類が多年にわたる自由獲得の努力の成果」であり、「侵すことのできない永久の権利」(第97条)であるとして国家権力からの不可侵性をうたっている。
◆基本的人権には、自由権・平等権・参政権・社会権・請求権などがある。
◆自由権には、精神の自由・身体(人身)の自由・経済活動の自由の3つがある。
◆個人の尊重(第13条)を最大の価値とし、「すべて国民は、個人として尊重される。生命・自由および幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする」と定めている。
◆国民主権について、前文で「ここに主権が国民に存する」と宣言し、「国政は国民の厳粛な信託によるもの」としている。これにより天皇制は「象徴天皇制」となった。
◆国民の三大義務とされているのは、教育を受けさせる義務、勤労の義務、納税の義務である。
◆前文と第9条で平和主義を明記し、前文では「平和を愛する諸国民の公正と正義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」としている。
◆第9条第1項で戦争放棄を、第2項で戦力の不保持と交戦権の否認を宣言している。
◆「すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない」(第14条)。
◆最高法規性を確保するため、第99条で「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ」と定めている。
◆通常の法律よりも厳格な改正手続きを要する硬性憲法である。(⇔軟性憲法)
◆日本国憲法の改正は「各議院の総議員の3分の2以上の賛成で、国会がこれを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない」(第96条)とされている。
◆国会によって発議された憲法改正案の国民による承認は、国民投票により、有効投票総数の過半数の賛成が必要とされている。
◆明文の規定はないが、時代の変化に伴い、憲法上の人権として主張されるようになった権利を「新しい人権」といい、環境権、知る権利、プライバシーの権利などがある。
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