関西大学名誉教授で文芸評論家でもあった故・谷沢永一さんは、かつて「日本の古典作品の中でもっとも重要な作品は『平家物語』だと思う」と語っていました。日本人の価値観の基準が、この物語に入っている、日本人の原点が『平家物語』にある、と。その根拠として次の2点を強調していました。
―― 第一に、誰の頭にも浮かぶ、「権力を握ったからといって、栄耀栄華を極めてはならない」ということが、実に美しく書かれている。『平家物語』があったために、それ以後の日本の政治家たちは再び平清盛のような栄耀栄華を極めようとしなくなった。
源頼朝は平家の没落ぶりを直接目の当たりにしたわけだが、足利尊氏などは、琵琶法師が語る『平家物語』によって教わったわけだ。日本の政治のあり方を規定した功績が、ほかならぬ『平家物語』なのだ、と。
第二に、それでも、とにかく平家の特色は、やることなすことが全て、人間的に美しい。人間としてどのように振舞うことが美しいか、どうすることが醜いのか、という日本人の出処進退、価値判断の基準を、『平家物語』が後世に残した。
『源氏物語』は一部の連歌師によって流布したが、国民性、国民の常識にまで浸透はしていない。『平家物語』が、日本国民に、何が美しいのか、何が後世に残すべき価値なのか、ということを教えた。
たとえば、薩摩守の平忠度が、いったん都を落ちながら、また京に引き返し、自作の歌の巻物を師の藤原俊成のもとに密かに持参する。勅撰集がもし編さんされたときに、自分の歌が一首なりとも入ることができたら、人間として最高の光栄であると思うという日本独自の美意識を、この物語は美しく描いている。――
そして、谷沢さんは、もし自分が、たった一つだけ日本の古典を子どもに教えるとしたら、文句なしに『平家物語』を選ぶとおっしゃっていました。
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