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おもな歌人の歌万葉集(掲載歌の索引)古典に親しむ

紀女郎の歌(索引)

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  1. 巻4-643 世間の女にしあらば我が渡る痛背の河を渡りかねめや
  2. 巻4-644 今は吾は侘びそしにける息の緒に思ひし君をゆるさく思へば
  3. 巻4-645 白妙の袖別るべき日を近み心にむせび哭のみし泣かゆ
  4. 巻4-762 神さぶと否にはあらずはたやはたかくして後に寂しけむかも
  5. 巻4-763 玉の緒を沫緒に搓りて結べらばありて後にも逢はざらめやも
  6. 巻4-776 言出しは誰が言なるか小山田の苗代水の中淀にして
  7. 巻4-782 風高く辺には吹けども妹がため袖さへ濡れて刈れる玉藻ぞ
  8. 巻8-1452 闇夜ならばうべも来まさじ梅の花咲ける月夜に出でまさじとや
  9. 巻8-1460 戯奴がため我が手もすまに春の野に抜ける茅花そ食して肥えませ
  10. 巻8-1461 昼は咲き夜は恋ひ寝る合歓木の花君のみ見めや戯奴さへに見よ
  11. 巻8-1648 十二月には沫雪降ると知らねかも梅の花咲く含めらずして
  12. 巻8-1661 ひさかたの月夜を清み梅の花心開けて我が思へる君

紀女郎

 紀朝臣鹿人の娘で、名は小鹿(おしか)。養老年間(717~724年)以前に安貴王に娶られるが、養老末年頃に安貴王が因幡の八上采女を娶った罪で本郷に退却せしめられ、紀女郎の「怨恨歌」(巻第4)はこの事件ののち夫と離別する際の歌かと言われる。天平12年(740年)の恭仁京遷都前後、大伴家持と歌を贈答する。遷都後早い時期に新京に仮住居を建てていることが知られ、女官だったかと推測される。家持との関係は程なく解消されたらしい。『万葉集』には12首。

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『万葉集』の代表的歌人

  • 第1期(~壬申の乱)
    磐姫皇后/雄略天皇/舒明天皇/有馬皇子/中大兄皇子(天智天皇)/大海人皇子(天武天皇)/藤原鎌足/鏡王女/額田王
  • 第2期(白鳳時代)
    持統天皇/柿本人麻呂/長意吉麻呂/高市黒人/志貴皇子/弓削皇子/大伯皇女/大津皇子/穂積皇子/但馬皇女/石川郎女
  • 第3期(奈良時代初期)
    大伴旅人/大伴坂上郎女/山上憶良/山部赤人/笠金村/高橋虫麻呂
  • 第4期(奈良時代中期)
    大伴家持/大伴池主/田辺福麻呂/笠郎女/紀郎女/狭野芽娘子/中臣宅守/湯原王
 
古典に親しむ

万葉集・竹取物語・枕草子などの原文と現代語訳。