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おもな歌人の歌万葉集(掲載歌の索引)古典に親しむ

大伴池主の歌(索引)

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  1. 巻8-1590 十月時雨にあへる黄葉の吹かば散りなむ風のまにまに
  2. 巻17-3944 女郎花咲きたる野辺を行きめぐり君を思ひ出た廻り来ぬ
  3. 巻17-3945 秋の夜は暁寒し白栲の妹が衣手着むよしもがも
  4. 巻17-3946 霍公鳥鳴きて過ぎにし岡びから秋風吹きぬよしもあらなくに
  5. 巻17-3949 天離る鄙にある我れをうたがたも紐解き放けて思ほすらめや
  6. 巻17-3967 山峽に咲ける桜をただ一目君に見せてば何をか思はむ
  7. 巻17-3968 鴬の来鳴く山吹うたがたも君が手触れず花散らめやも
  8. 巻17-3973 大君の命恐みあしひきの山野障らず天離る・・・(長歌)
  9. 巻17-3974 山吹は日に日に咲きぬうるはしと我が思ふ君はしくしく思ほゆ
  10. 巻17-3975 我が背子に恋ひすべなかり葦垣の外に嘆かふ我れし悲しも
  11. 巻17-3993 藤波は咲きて散りにき卯の花は今そ盛りとあしひきの・・・(長歌)
  12. 巻17-3994 白波の寄せ来る玉藻世の間も継ぎて見に来む清き浜びを
  13. 巻17-4003 朝日さしそがひに見ゆる神ながら御名に帯ばせる・・・(長歌)
  14. 巻17-4004 立山に降り置ける雪の常夏に消ずて渡るは神ながらとぞ
  15. 巻17-4005 落ちたぎつ片貝川の絶えぬごと今見る人も止まず通はむ
  16. 巻17-4008 あをによし奈良を来離れ天離る鄙にはあれど・・・(長歌)
  17. 巻17-4009 玉桙の道の神たち幣はせむ我が思ふ君をなつかしみせよ
  18. 巻17-4010 うら恋し我が背の君はなでしこが花にもがもな朝な朝な見む
  19. 巻18-4073 月見れば同じ国なり山こそば君があたりを隔てたりけれ
  20. 巻18-4074 桜花今ぞ盛りと人は言へど我れは寂しも君としあらねば
  21. 巻18-4075 相思はずあるらむ君をあやしくも嘆きわたるか人の問ふまで
  22. 巻18-4128 草枕旅の翁と思ほして針ぞ賜へる縫はむ物もが
  23. 巻18-4129 針袋取り上げ前に置き返さへばおのともおのや裏も継ぎたり
  24. 巻18-4130 針袋帯び続けながら里ごとに照らさひ歩けど人もとがめず
  25. 巻18-4131 鶏が鳴く東をさしてふさへしに行かむと思へどよしもさねなし
  26. 巻18-4132 縦さにもかにも横さも奴とぞ我れはありける主の殿戸に
  27. 巻18-4133 針袋これは賜りぬすり袋今は得てしか翁さびせむ
  28. 巻20-4295 高円の尾花吹き越す秋風に紐解き開けな直ならずとも
  29. 巻20-4300 霞立つ春の初めを今日のごと見むと思へば楽しとぞ思ふ

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大伴池主

 大伴氏の一族ながら、系譜未詳。池主が文人活動として姿を見せるのは、天平10年(738年)10月に行われた橘奈良麻呂結集の宴(巻第8-1590)が最初です。この頃、春宮坊少属従七位。天平18年8月に家持が越中国守として赴任する以前に、掾(従七位相当)として越中国にありました。8月7日の家持歓迎の宴(巻第17-3943~3956)以来、家持との親交が深まり、二人の間に多くの歌々が取り交わされました。翌19年9月頃に越前掾に遷任し、天平勝宝9年(757年)7月、橘奈良麻呂の変に連座して投獄されました。その後の消息は不明で、杖下に死を遂げたものと見られます。『万葉集』には29首。 

大伴池主の歌

 大伴池主は、大伴家持の親友・風雅の友として『万葉集』巻8や巻17を中心に多くの贈答歌や漢文書簡を残した人物です。越中守として赴任してきた家持のもとで越中介(次官)を務め、二人が交わした文学的交流は『万葉集』の後半(特に「越中詠」)を大きく彩っています。彼の歌の特徴や文学的特色は、主に以下のポイントにまとめられます。

  1. 漢詩文の深い教養に裏打ちされた「文人風」の歌風
    池主の最大の特徴は、中国文学(漢詩文や『文選』など)の高度な教養が歌の骨格をなしている点です。単に和歌を詠むだけでなく、見事な対句・儷文(れいぶん)を用いた漢文の書簡(序文)を添えて家持に歌を送るスタイルを確立しました。中国の典故や季節の美意識をたくみに和歌の中へ取り入れています。
  2. 華やかさと知的な巧みさ(修辞性)
    家持の歌が繊細で叙情的な内省へ向かう傾向があるのに対し、池主の歌は客観的で、どこか華やかかつ知的・技巧的です。対比や比喩の使い方が巧妙で、ことばの選び方が洗練されています。自分の感情を直接ぶつけるというよりは、文学的な構想力を通して表現するスマートさを持っています。
  3. 家持との文学的ライバル意識と親密な「贈答歌」
    池主の歌の多くは家持への返歌や贈歌です。家持からの高度な題詠や風流な問いかけに対し、即座に同等かそれ以上の趣向(思考やテーマ)で返す応酬の巧みさがありました。「風月を愛で、酒を酌み交わし、詩歌を詠み交わす」という、当時の風雅な文人貴族としての友情・美意識が歌の端々に溢れています。
  4. まとめ
    大伴池主は、古典的な和歌の伝統に「漢詩文的ニュアンス」と「文人的洗練」を融合させた、万葉集末期を代表する教養派の歌人です。彼という存在・ライバルがいたからこそ、大伴家持の文学的才能もさらに磨かれ、越中時代の豊かな歌の表現群が生まれたと言えます。
古典に親しむ

万葉集・竹取物語・枕草子などの原文と現代語訳。