本文へスキップ

おもな歌人の歌万葉集(掲載歌の索引)古典に親しむ

防人の歌(索引)

それぞれの歌↓↓↓をクリックすると、現代語訳・説明文のページに移動します。

  1. 巻7-1265 今年行く新島守が麻衣肩のまよひは誰れか取り見む
  2. 巻7-1266 大船を荒海に漕ぎ出や船たけ我が見し児らが目見はしるしも
  3. 巻13-3344 この月は君来まさむと大船の思ひ頼みていつしかと・・・(長歌)
  4. 巻13-3345 葦辺行く雁の翼を見るごとに君が帯ばしし投矢し思ほゆ
  5. 巻14-3427 筑紫なるにほふ子ゆゑに陸奥の可刀利娘子の結ひし紐解く
  6. 巻14-3480 大君の命畏み愛し妹が手枕離れ夜立ち来のかも
  7. 巻14-3515 我が面の忘れむしだは国溢り嶺に立つ雲を見つつ偲はせ
  8. 巻14-3516 対馬の嶺は下雲あらなふ可牟の嶺にたなびく雲を見つつ偲はも
  9. 巻14-3567 置きて行かば妹はま愛し持ちて行く梓の弓の弓束にもが
  10. 巻14-3568 後れ居て恋ひば苦しも朝狩の君が弓にもならましものを
  11. 巻14-3569 防人に立ちし朝明の金門出に手離れ惜しみ泣きし児らはも
  12. 巻14-3570 葦の葉に夕霧立ちて鴨が音の寒き夕し汝をば偲はむ
  13. 巻14-3571 己妻を人の里に置きおほほしく見つつそ来ぬるこの道の間
  14. 巻20-4321 畏きや命被り明日ゆりや草がむた寝む妹なしにして
  15. 巻20-4322 我が妻はいたく恋ひらし飲む水に影さへ見えてよに忘られず
  16. 巻20-4323 時々の花は咲けども何すれぞ母とふ花の咲き出来ずけむ
  17. 巻20-4324 遠江志留波の礒と尓閇の浦と合ひてしあらば言も通はむ
  18. 巻20-4325 父母も花にもがもや草枕旅は行くとも捧ごて行かむ
  19. 巻20-4326 父母が殿の後方のももよ草百代いでませ我が来るまで
  20. 巻20-4327 我が妻も絵に描き取らむ暇もが旅行く我れは見つつ偲はむ
  21. 巻20-4328 大君の命畏み磯に触り海原渡る父母を置きて
  22. 巻20-4329 八十国は難波に集ひ船かざり我がせむ日ろを見も人もがも
  23. 巻20-4330 難波津に装ひ装ひて今日の日や出でて罷らむ見る母なしに
  24. 巻20-4337 水鳥の立ちの急ぎに父母に物言ず来にて今ぞ悔しき
  25. 巻20-4338 畳薦牟良自が礒の離磯の母を離れて行くが悲しさ
  26. 巻20-4339 国廻るあとりかまけり行き廻り帰り来までに斎ひて待たね
  27. 巻20-4340 父母え斎ひて待たね筑紫なる水漬く白玉取りて来までに
  28. 巻20-4341 橘の美袁利の里に父を置きて道の長道は行きかてのかも
  29. 巻20-4342 真木柱讃めて造れる殿のごといませ母刀自面変はりせず
  30. 巻20-4343 我ろ旅は旅と思ほど家にして子持ち痩すらむ我が妻愛しも
  31. 巻20-4344 忘らむて野行き山行き我れ来れど我が父母は忘れせぬかも
  32. 巻20-4345 我妹子と二人我が見しうち寄する駿河の嶺らは恋しくめあるか
  33. 巻20-4346 父母が頭かき撫で幸くあれて言ひし言葉ぜ忘れかねつも
  34. 巻20-4347 家にして恋ひつつあらずは汝が佩ける大刀になりても・・・
  35. 巻20-4348 たらちねの母を別れてまこと我れ旅の仮廬に安く寝むかも
  36. 巻20-4349 百隈の道は来にしをまた更に八十島過ぎて別れか行かむ
  37. 巻20-4350 庭中の阿須波の神に小柴さし我れは斎はむ帰り来までに
  38. 巻20-4351 旅衣八重着重ねて寐ぬれどもなほ肌寒し妹にしあらねば
  39. 巻20-4352 道の辺の茨の末に延ほ豆のからまる君をはかれか行かむ
  40. 巻20-4353 家風は日に日に吹けど我妹子が家言持ちて来る人もなし
  41. 巻20-4354 立鴨の発ちの騒きに相見てし妹が心は忘れせぬかも
  42. 巻20-4355 よそにのみ見てや渡らも難波潟雲居に見ゆる島ならなくに
  43. 巻20-4356 我が母の袖もち撫でて我がからに泣きし心を忘らえぬかも
  44. 巻20-4357 葦垣の隈処に立ちて我妹子が袖もしほほに泣きしぞ思はゆ
  45. 巻20-4358 大君の命畏み出で来れば我取り付きて言ひし子なはも
  46. 巻20-4359 筑紫辺に舳向かる船のいつしかも仕へまつりて国に舳向かも
  47. 巻20-4363 難波津に御船下ろすゑ八十楫貫き今は漕ぎぬと妹に告げこそ
  48. 巻20-4364 防人に立たむ騒きに家の妹が業るべきことを言はず来ぬかも
  49. 巻20-4365 押し照るや難波の津ゆり船装ひ我れは漕ぎぬと妹に告ぎこそ
  50. 巻20-4366 常陸指し行かむ雁もが我が恋を記して付けて妹に知らせむ
  51. 巻20-4367 我が面の忘れも時は筑波嶺を振り放け見つつ妹は偲はね
  52. 巻20-4368 久慈川は幸くあり待て潮船にま楫しじ貫き我は帰り来む
  53. 巻20-4369 筑波嶺のさ百合の花の夜床にも愛しけ妹ぞ昼も愛しけ
  54. 巻20-4370 霰降り鹿島の神を祈りつつ皇御軍に我れは来にしを
  55. 巻20-4371 橘の下吹く風の香ぐはしき筑波の山を恋ひずあらめかも
  56. 巻20-4372 足柄の御坂賜はり顧みず我れは越え行く荒し男も・・・(長歌)
  57. 巻20-4373 今日よりは返り見なくて大君の醜の御楯と出で立つ我れは
  58. 巻20-4374 天地の神を祈りて猟矢貫き筑紫の島を指して行く我れは
  59. 巻20-4375 松の木の並みたる見れば家人の我れを見送ると立たりしもころ
  60. 巻20-4376 旅行きに行くと知らずて母父に言申さずて今ぞ悔しけ
  61. 巻20-4377 母刀自も玉にもがもや戴きてみづらの中に合へ巻かまくも
  62. 巻20-4378 月日やは過ぐは行けども母父が玉の姿は忘れせなふも
  63. 巻20-4379 白波の寄そる浜辺に別れなばいともすべなみ八度袖振る
  64. 巻20-4380 難波津を漕ぎ出て見れば神さぶる生駒高嶺に雲ぞたなびく
  65. 巻20-4381 国々の防人集ひ船乗りて別るを見ればいともすべなし
  66. 巻20-4382 ふたほがみ悪しけ人なりあたゆまひ我がする時に防人に差す
  67. 巻20-4383 津の国の海の渚に船装ひ立し出も時に母が目もがも
  68. 巻20-4384 暁のかはたれ時に島蔭を漕ぎ去し船のたづき知らずも
  69. 巻20-4385 行こ先に波なとゑらひ後方には子をと妻をと置きてとも来ぬ
  70. 巻20-4386 我が門の五本柳いつもいつも母が恋すす業りましつしも
  71. 巻20-4387 千葉の野の児手柏のほほまれどあやに愛しみ置きてたか来ぬ
  72. 巻20-4388 旅と云ど真旅になりぬ家の妹が着せし衣に垢付きにかり
  73. 巻20-4389 潮舟の舳越そ白波にはしくも負ふせたまほか思はへなくに
  74. 巻20-4390 群玉の枢にくぎさし堅めとし妹が心は動くなめかも
  75. 巻20-4391 国々の社の神に幣奉り贖乞すなむ妹が愛しさ
  76. 巻20-4392 天地のいづれの神を祈らばか愛し母にまた言問はむ
  77. 巻20-4393 大君の命にされば父母を斎瓮と置きて参ゐ出来にしを
  78. 巻20-4394 大君の命畏み弓の共さ寝かわたらむ長けこの夜を
  79. 巻20-4401 韓衣裾に取り付き泣く子らを置きてぞ来ぬや母なしにして
  80. 巻20-4402 ちはやぶる神の御坂に幣奉り斎ふ命は母父がため
  81. 巻20-4403 大君の命畏み青雲のとのびく山を越よて来ぬかむ
  82. 巻20-4404 難波道を行きて来までと我妹子が付けし紐が緒絶えにけるかも
  83. 巻20-4405 我が妹子が偲ひにせよと付けし紐糸になるとも我は解かじとよ
  84. 巻20-4406 我が家ろに行かも人もが草枕旅は苦しと告げ遣らまくも
  85. 巻20-4407 ひな曇り碓氷の坂を越えしだに妹が恋しく忘らえぬかも
  86. 巻20-4413 枕太刀腰に取り佩きま愛しき背ろが罷き来む月の知らなく
  87. 巻20-4414 大君の命畏み愛しけ真子が手離り島伝ひ行く
  88. 巻20-4415 白玉を手に取り持して見るのすも家なる妹をまた見てももや
  89. 巻20-4416 草枕旅行く背なが丸寝せば家なる我れは紐解かず寝む
  90. 巻20-4417 赤駒を山野に放し捕りかにて多摩の横山徒歩ゆか遣らむ
  91. 巻20-4418 我が門の片山椿まこと汝れ我が手触れなな土に落ちもかも
  92. 巻20-4419 家ろには葦火焚けども住みよけを筑紫に至りて恋しけ思はも
  93. 巻20-4420 草枕旅の丸寝の紐絶えば我が手と付けろこれの針持し
  94. 巻20-4421 我が行きの息づくしかば足柄の峰延ほ雲を見とと偲はね
  95. 巻20-4422 我が背なを筑紫へ遣りて愛しみ帯は解かななあやにかも寝も
  96. 巻20-4423 足柄の御坂に立して袖振らば家なる妹はさやに見もかも
  97. 巻20-4424 色深く背なが衣は染めましを御坂賜らばまさやかに見む
  98. 巻20-4425 防人に行くは誰が背と問ふ人を見るが羨しさ物思ひもせず
  99. 巻20-4426 天地の神に幣置き斎ひつついませ我が背な我れをし思はば
  100. 巻20-4427 家の妹ろ我を偲ふらし真結ひに結ひし紐の解くらく思へば
  101. 巻20-4428 我が背なを筑紫は遣りて愛しみえひは解かななあやにかも寝む
  102. 巻20-4429 馬屋なる縄絶つ駒の後るがへ妹が言ひしを置きて悲しも
  103. 巻20-4430 荒し男のいをさ手挟み向ひ立ちかなるましづみ出でてと我が来る
  104. 巻20-4431 笹が葉のさやぐ霜夜に七重かる衣に増せる子ろが肌はも
  105. 巻20-4432 障へなへぬ命にあれば愛し妹が手枕離れあやに悲しも
  106. 巻20-4436 闇の夜の行く先知らず行く我れをいつ来まさむと・・・

【PR】

防人歌について

犬養孝著『万葉の旅・中』/平凡社から引用

 『万葉集』中の防人の歌は、巻20に、天平勝宝7年(755年)2月防人交替のときの歌84首、昔年の防人歌9首、計93首があり、巻14に5首がある。なお、ほかに巻14に防人の歌かと思われるものがあり、巻13にも防人の妻の作かと伝える歌2首がある。

 防人は崎守の意で、九州・壱岐・対馬の西辺を防備する兵士である。「防人」の語は『日本書紀』大化2年(646年)正月の改新の詔にはじめて出るが、そのはじめは古代国家形成期にさかのぼるものであろう。万葉のころの防人は、天智3年(664年)に、その前年に百済救援にむかった日本軍が大敗して長年の半島での実権を失った直後に、防備のためにおかれたもの以後の防人である。一時、九州の兵士をあてたこともあるが、ほとんどは東国人であった。天平宝字元年(757年)には東国の防人も廃止され、以後、平安初期にはこの制度も自然消滅のかたちとなった。したがって天平勝宝7年の防人交替は東国人最後の防人となる。防人の総数は3000人ぐらいと考えられ、任期は3年、毎年その3分の1ずつ交替し、交替期は2月1日となっていた。

 東国で徴集された防人は、難波まで国庁の部領使(ことりづかい)によって引率され、難波からは専使がひきつれていって大宰府にひきわたされる。万葉にもっとも多い天平勝宝7年の防人歌は、部領使から、当時兵部少輔として防人の事に関係していた大伴家持の手をへて兵部省に上進されたもので、歌には地位身分・出身郡・作者名が録されていた。万葉によれば、防人のさし出した歌166首のうち、「拙劣の歌は取り載せず」とあって、82首はすてられている。これは歌人家持のするところであったろう。万葉におさめられるまでには、他人の手による多少の変改加工のあったことは考えられるが、まずは原歌とみとめられる。ことに歌の記載が一字一音式の表記によっていることは、東歌の場合と同様、当時の東国の方言訛音をそのままのこしていて貴重であるばかりでなく、東国人のむき出しの心情を助けている。

 防人らは東国から難波までの旅費は自弁であったし、こんにちとちがって難波までの陸路、難波からの海路、長途の旅路だkでも並大抵ではない。生きの別れも覚悟しなければならない。まして留守の家族の生活の保証もないとあっては、旅立つ者、残る者の感慨は想像を越えるものがある。父母との別れをうたうものが26首もあるのは、かれらが比較的年の若いことのよるものであろう。防人らの出身地が、ゆたかな民謡的世界の東歌の地盤と一致するから、個人の歌とはいっても中央人の発想とはまったくちがった民謡的においにうらづけられ、それだけにぎりぎりの際のかれらの感慨は、朴直な土の香をともなって、いきいきした真情のままにうち出されている。 

古典に親しむ

万葉集・竹取物語・枕草子などの原文と現代語訳。